マーガレットのせい


 ~ 二月二十日(木) 飛行機雲 ~

  マーガレットの花言葉 真実



 六本木君と渡さん。

 食事代から宿代まで。

 タダにしてあげたそのわけは。


「なんかプランがあるって、そういう事かよ……」

「あれ? お気に召さない?」

「ぜんぜん?」

「これでも?」

「う……。お、おう。お気に召さねえ」


 大はしゃぎで衣装を選ぶ女子の姿。

 こんなに幸せな光景を見ても動じないなんて。


 この冷血漢め。



 ――教会を結婚式場にするために。

 村をあげて盛り上がっているのですけれど。


 それにつけてもお金が無くて。

 どなたかに出資していただくには。

 プレゼン用の資料が必要とのこと。


 そんな資料には写真が必要で。

 モデルを雇うにもやっぱりお金がかかる。


 ならば、そんじょそこらのモデルよりも。

 断然絵になるお二人に協力していただこうとしてみたのです。


 ……内緒で。


 そうとも知らずにのこのこやってきた六本木君も。

 こうして積極的に協力してくれているのですが……。


「ああいやだ。ああいやだ」

「俺の心を読みました?」


 穂咲と二人。

 大喜びでドレスを選ぶ渡さんとは裏腹に。


 六本木君は。

 大層不満顔なのです。


「……渡さんはあんなに嬉しそうなのに。どうしてそこまで不満なのかお聞きしても?」

「香澄とバランスとってるだけだ」


 バランス?

 はて?


「意味が分からな……」

「ねえ穂咲! こっちの、胸元のレースがバラになってる!」

「こっちなんか、腰のリボンがちょうちょなの」

「きゃーっ! どうしよどうしよ! ねえ隼人! どれがいいと思う?」

「りました」

「りましたろ?」


 うん。

 ここまでテンションが高いと。


 ちょっと引きますね。


 村の、一番新しい住人。

 教会が結婚式場になるという事を会長から聞いて。

 転居してきたデザイナーさんのお宅。


 その、窓一つない巨大な部屋に。

 これでもかと並んだウェディングドレス。


「いやあ、趣味が生かせる場所を紹介してもらってうれしい限りですよ! レンタル代も格安にしておきますので!」

「……それは」

「なによりだぜ」


 こんな繊細なドレスの作者は。

 丸々と太った。

 初老のおじさん。


 なんと言うか。

 いえ。

 

 失礼なことを考えて申し訳ないので何も言いません。


「さて、いつまでああしているのやら。そろそろ仕事に取り掛からないといけないのに……」

「責任取って、お前が選ぶのを手伝ってやれ」


 それは構いませんが。

 渡さんのスタイリングは全部。

 俺と穂咲がするつもりですし。


 これ以上待ちぼうけは御免だとばかりに。

 六本木君が部屋から出て行こうとすると。

 

 ちょうど、六本木君の衣装とメイクを引き受けたおばさんが扉から顔を出して。

 挑戦的な笑みを俺に向けてきます。


 いつぞやの続きで。

 また、スタイリング勝負をしようという事ですか?


 ここは気合を入れないと。


「よし。では、先にヘアメイクを済ませてしまいましょう。ドレスは写真で撮っておいて、メイクしながら考えましょう」


 俺が声をかけると、渡さんと穂咲は。

 部屋に並んだドレスを片っ端から撮影し始めたのですが。


「お色直し、何回しようかしら!」

「十回はするの!」


 それでは、結婚式じゃなくて。

 ファッションショーなのです。


 やれやれ。

 先は思いやられますが。


 久しぶりの、俺の仕事。

 渡さんの夢を。

 頑張って叶えてみましょうか。



 ~🌹~🌹~🌹~



「う~ん! 迷うわ……」

「こっちのもいいの」

「ほんと。どれ着ようかしら?」


 暖かくて明るい宿屋の一室で。

 俺は渡さんの髪を丁寧に梳かします。


 かつてのロングヘアと比べると、随分短くしてしまいましたが。

 肩口までのストレートヘアは、癖が無くて艶やかなのです。


 カタログに使う写真。

 美穂さんとお兄さんには悪いですけど

 こちらがメインになりそうですし。

 はやりのアレンジにでもチャレンジしてみようかしら。


「さて。どんな感じに結いましょうかね」

「それはもう、秋山にお任せで」

「ご希望とか無いのですか?」

「強いて言うなら……、清楚な感じがいいかな?」


 そう言いながら、鏡を見つめた渡さんが。

 部屋の向こう、扉の隙間から。

 俺たちを覗き見ていた後輩コンビに気付くと。

 少しだけ寂しそうな表情を浮かべたのでした。


 どうしたのでしょう。

 そう思いながら、俺も鏡越しによくよく観察してみると。


 ニコニコしっぱなしの葉月ちゃんに比べて。

 どこか寂しそうな表情の瑞希ちゃん。


 ふむ。

 これって、ひょっとして。


「……ねえ。例えば結婚した人の家に遊びに行くのって、変なのかしら」

「急にどうしたのですか、渡さん?」

「全然変じゃないの」

「いえ、新婚さんのうちは、気兼ねするのが普通だと思いますよ?」


 俺と穂咲と。

 真逆の返事をしたのですが。


 どうやら、渡さんは俺の返事に共感したご様子で。

 小さくため息をつきながら。


「……普通はそうよね。なんか、大人になるって、家族が増えていくのと引き換えに友達が減っていく感じがするのよ」

「そんなこと全然ないの」

「うむむ。確かにそんな感じしますね」


 またもや俺と渡さんだけ共感すると。

 さすがにふくれっ面になった穂咲なのです。


 ……ぷんすかと怒る穂咲をなだめつつ。

 三つ編みになったウィッグを髪にあてながら。


 俺は、渡さんの気持ちを考えます。


 彼女は、瑞希ちゃんのことを考えて俺たちに聞いてみたのでしょう。

 あなたは例え結婚しても、彼女とは変わらず接していたいのですよね?


 ……環境、関係。

 変化は、年齢を重ねるごとに。

 望む望まぬにかかわらず訪れて。


 変わらない、今のままでいたいという願いを。

 幼稚と決めつけて否定する。


 もしも、変わらないでいいという選択肢もあるならば。

 はたして、どちらを掴むのが正解なのでしょう。


 ……渡さんが望むのは。


 幸せな今。

 幸せを手に入れるために、別の幸せを手放した未来。


 果たして、どちらの姿なのでしょう。


「……秋山?」


 すっかり悩んで。

 右半分は昨日まで通りに、髪をまっすぐに整えたまま。

 左半分に、背伸びをした大人のアレンジを加えた髪を。

 じっと見つめていた俺に。


「ちゃんと話を聞くの! そんなこと全然ないの!」

「まだ怒ってたの!?」


 意外なところから。

 正解が転がり込んできたのです。


「……はいはい。そうですよね」

「むう! 全然心がこもってないの!」


 いえいえとんでもない。

 今の冷たい反応は。

 簡単に答えを出すことができる君へのやきもちです。


「ええと、穂咲。髪の方は決まったので、先にメイクとドレスをお願いしたいのですけど」

「え? 先になの?」

「はい。ちょっと事情がありまして」


 俺のアイデア。

 お化粧と衣装の後じゃないと成り立たない。


 清楚で、凛とした感じにしようと穂咲と決めていたのですが。

 ここはひとつ。

 本能に従ってみましょうか。


「私、髪を結う時、立ったまま?」

「ええ、そうなりますね」

「……まるで秋山ね」


 大丈夫。

 あのヘアスタイルなら。

 俺も得意ですし。


 不安そうな表情で部屋を後にした渡さん。

 その顔が。

 後でどうなるのか楽しみです。



 ~🌹~🌹~🌹~



 オールバックなのにウェービー。

 実におばさんらしい、オンリーワンな髪型にセットされて。

 白い礼服に身を包んだ六本木君が。



 ……指をさしての大笑い。



「わはははは! なんだってそんなことになってるんだよ!」

「知らないわよ! 秋山に聞いてよ!」


 うん。

 予想通り。


 渡さんは、さっきまでの不安な表情を一変させて。



 すっげー怒ってる。



 そしてこちらにも。

 怒り顔がもうひとつ。


「秋山道久! あなたの事ですから考えがあってということは分かりますが、これではプレゼン資料に使えないではないですか!」

「う。すいません、会長。パンフレット用に、もう一度結い直します。……でも、どうしてもこうしてあげたくて」


 六本木君をはじめ。

 周りを取り巻く大勢の方。


 みんなを笑顔にさせているのは、渡香澄さん。


 黒くてツヤのあるストレートミドルの髪を。

 


 そのお団子頭に。

 いるのですが。


 うん、どこからどう見ても。

 バカの子一等賞。

 

「藍川センパイみたいで可愛い!」

「わ、私も可愛いって思います……」

「これが!? 見慣れているからそう思うだけよ!」

「安心しろ、香澄」

「なにがよ!」

「俺にはちゃんと、バカに見える」

「こんのっ……! 誰がバカよ!」

「いてえ! ウェディングドレスにローキックされるとかレア体験!」


 顔を真っ赤にして、照れて怒って。

 いつもは近寄りがたい、凛とした渡さんに。

 誰もが大笑いしながら寄っていく。


「写真撮らないで!? 誰よ、今のシャッター音!」

「うふふ。こんな幸せな花嫁さん、記念に残しておかないと」

「千草さんなの!? 今すぐ消しなさい!!!」


 ……渡さんと俺。

 二人が思っていた勘違いは。


 大人になったら。

 みんなと疎遠になるかもしれないということ。


 もちろん、自由な時間はぐっと減るし。

 今まで毎日のように会っていたみんなとも離れ離れ。


 でも。


 穂咲の発想。

 単純明快。


 いままでの友達は。

 たとえ会えなくても、ずっと友達で。


 だから、大人になればなるほど。

 友達が増えていく。


 ……俺は、高校に入ってから。

 穂咲のおかげで。

 たくさんの、かけがえのない友人が出来て。


 そのうちの一人は。

 穂咲は凄い子だと。

 本人には言わないでよねと、よく俺に話していて。


「晴花さん、お任せできますか?」

「やっぱり道久君は凄いわね。後は任せておいて!」


 そして、一番心があふれた瞬間を切り取るプロが収めた彼女の姿は。


 これからも、ずっとこのままでいいのだと。

 自分を囲んだみんなに教えられて。


 画面いっぱいに咲いたマーガレットが引き立て役になるほど。

 キラキラと、幸せそうに笑っていたのでした。




「……ねえ、道久君」

「はい」

「ぷんぷん怒ってた香澄ちゃんが、今はあんなに笑ってるの」

「そりゃそうですよ。あれだけ周りの人を笑顔にしているのですから」


 笑顔になりたいと願うなら。

 だれかを笑顔にさせたらいい。


 君には簡単なことなのでしょうけど。

 意外とみんなは知らないことなのです。


「香澄ちゃん、あたしの頭になりたかったの?」

「本人は気付いていなかったのかもしれませんけどね」

「ふーん……」


 ちょっと恥ずかしそうに。

 でも嬉しそうに。


 雲一つない空を見上げた穂咲が指をさします。


 ああ。

 この村に、ラジコン飛行機を趣味にされている方がいらっしゃると言っていましたっけ。


 青い空に。

 黄色い機体が思う存分に舞い踊り。


 そのうち、胴体に付けたタンクから。

 ピンクの煙を吐き出します。


「きっとあれなの。なぞなぞの答え」

「……まっすぐじゃないです」


 そんなピンクの飛行機雲は。

 渡さんたちの遥か頭上で。


 ハート型に浮かんでいたのでした。

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