タンポポのせい
~ 二月十八日(火) 春 ~
タンポポの花言葉 神のお告げ
急なことですが。
明日から一泊で、千草さんの村へ旅行に行くことになったため。
今日はその準備とお土産を買うために。
駅前の雑居ビルへ来ているのです。
「だから、思い出したの!」
「はいはい。そうですね」
「もう! なんで信じてないの? ほんとなの!」
朝一で、おじさんのなぞなぞの答えが分かったと。
部屋に押しかけて来たこいつは
さすがにいつものように怒ることはなく。
俺はその釣り針に。
見事に食いついたのですが。
……もう、お昼前ですって。
長すぎですよ、ドラムロール。
「もっと食いつくの」
「ああ、はいはい」
「教えてもらいたがるの」
「教えてもらうために、ヘアアクセ買ってあげたじゃないですか」
「もっとなの」
「強欲すぎて呆れかえる」
どうやら、先日のヘアアクセが気に入ったようで。
同じものをいくつもねだるのですが。
「壊れるといけないから、もう一個買っておくの」
「同じのをいくつも買っていく怪しい男として店員さんにマークされているのです。もう勘弁してください」
まあ。
安いものなのでいいのですけど。
それにしたって。
自分で買いなさいな。
……あと。
「答えが分かったというのも、これを買わせるためのウソのような気がしてきました」
あるいはもう一つの可能性。
なんでもすぐ忘れる君が。
朝に気付いた答えとやらを。
すでに忘れているとか。
「むう! ほんとなの!」
「いいえ、もう信じません」
「ほんとにほんと!」
「信じませんって」
「なぞなぞの答えは、春なの!」
は?
勢いあまって。
俺をゆするためのネタを白状してしまったようですが。
ええと。
……え?
「やっぱり、朝に思いついた答え、忘れちゃったのですね」
「失礼なの。合ってるの」
「合ってません。春は、寒くなるとまっすぐ伸びるのですか?」
「寒ければ寒くなるほど近付くものなの」
「問題文の方忘れたんかい!」
何でも忘れるからって。
そりゃあひどい。
思わず出した大声に。
吹き抜けになった二階通路の向こう岸の人まで。
足を止めて俺をにらむ始末。
「忘れたって、何が?」
「いえ……。たまにね? ひょっとしたら俺の記憶力の方が壊滅的なのではないかと思うことがあるのですけど。これは絶対君のお味噌が腐ったせい」
「お味噌はもともと腐ってるの」
「腐ってるのと発酵しているのは違くて……、いえ、今それはどうでも良くて」
「あ、道久君が何を言いたいのか分かったの。のんびりとした物語でゆっくり説明するから、ちゃんと聞いて欲しいの」
「はあ。のんびりでゆっくり」
「まず、
「急いで逃げろ」
のんびりしてる場合じゃない。
あと、説明が遠回りし過ぎ。
君と人混みの中で会話すると。
道行く人がみんな笑いだすから恥ずかしい。
「入鹿君が、最終的にどうなったのか初めに言いなさい」
「なぞなぞを、もう一個思い出したの」
ああ。
なるほどね。
君が思い出したのは。
ずっと探していたなぞなぞの答えではなく。
他の問題と。
その答えというわけですか。
「楽しいなぞなぞだったの」
「厄介でしかありません。もう一個の方は?」
「……もう一個って?」
「自分で言ってたばかりじゃないのさ! 入鹿君、右手のリンゴどこやった!?」
「右……、ああ、寒くなるとまっすぐ伸びる方のリンゴ?」
「そうです」
伸びるリンゴって変ですけど。
「そっちは分かんないっぱなしなの。でも、こんな感じの答えだとしたら……」
そして腕組みをしながら考え込んでしまった穂咲なのですが。
万が一にでも先に答えを見つけられたら。
今度はダース単位でヘアアクセを買わされそうなので。
注意を他へ逸らしましょう。
「ほら、お昼前に買い物済ませちゃいますよ。あと何か所でしたっけ?」
「お菓子屋と、旅行用品店。あと、本屋と時計屋さん」
「その順番だと一階と二階を何度も上り下りすることになりますので。旅行用ハミガキと目覚まし時計を先に買いましょう」
「いいアイデアなの。エスカレーター、故障してるし」
そう。
ちょうど俺たちがビルに入るなり。
エスカレーターの点検工事を伝える館内アナウンスが響き渡ったのですが。
「酷い嫌がらせなの」
「その発想もあながち間違ってないかもですね。このビルにはご迷惑かけまくってますし」
先日も、君が面白がって消火器のピンを抜いたせいで。
警備員室へ連れ込まれて散々絞られましたもんね。
「さあ、急ぎましょう」
俺が声をかけたのですが。
穂咲はぶるっと身震いした後。
その場で立ちっぱなしの惚け顔。
「……なにをしているのです?」
「お告げが来たの」
「…………何の」
「神様のお告げ」
「ああ、了解です卑弥呼様」
「うむ。苦しゅうないからどっちにあるか教えるの」
俺はあたりを見渡して。
トイレのある場所を探してみたのですが。
この人。
勝手にのこのこと歩き始めるのです。
自分で先に見つけたのでしょうか。
そう思ったのも束の間。
穂咲が見つけたのは。
トイレではなく。
おばあちゃんを背負ったまま一歩も歩けなくなっている。
小太郎君の姿だったのです。
……君の親切レーダー。
本当に高性能。
記憶回路は壊滅的なくせに。
俺をこんなにも呆れさせるくせに。
こうして感心してしまう。
でも。
このパターンにも。
いいかげん慣れました。
いつもと同じ。
感心したことを、あっという間に。
後悔することになるのですよね分かります。
「おばあちゃんを背負った小太郎君をおぶろうとしなさんな」
「だって、なんとかしたいの」
「お、お、おねえちゃん! それは無理ですよ……」
気は優しくて。
おバカさん。
そんなコンビに手を差し伸べられては。
おばあちゃんの方がご迷惑。
「いやはや、雛ちゃん。いつもながら……」
「おっさんか。ほんと、共感してくれるやつがいて助かるぜ」
おたおたとする親切コンビと。
おろおろとするおばあちゃん。
このままでは誰も動けないままなので。
俺と雛ちゃんで、おばあさんをよいしょと下ろします。
「でもよ、おっさん。エスカレーターが修理中で……」
「ああ、それでおんぶしようとしていたのですか。お任せください。これでも俺は、顔が広いので」
迷惑行為の常習犯という事実を伏せさえすれば。
ご覧の通り。
ちょっとできる男に早変わり。
俺は、顔見知りの警備員さんに声をかけて。
おばあさんを、荷物搬入用のエレベーターへ連れて行ってもらったのでした。
「すげえな。あんた、なにもんなんだ?」
「す、す、すごいです!」
「褒められるほどの事では無いのです」
「あの警備員さん、道久君が消火器まいた時に御厄介になった人なの」
「……すげえな、あんた」
「す、す、すごいです……」
「褒められた事では無いのです」
説明するのも面倒なので言いませんが。
ほんとは。
こいつが噴出させたまま逃げた消火器を止めようと押さえていただけなのですけどね。
さて、トイレへ至る横道の前。
三叉路で立ち尽くすのもご迷惑。
「こんなところで立ち話じゃ邪魔なので、すぐにここから移動しましょう」
そう、みんなに指示して。
歩き出した俺の足がぴたりと停止。
「これは……、穂咲の髪留めですか」
「あ。買ってもらったばっかなのに、落っこちたみたいなの」
踏みつけられて。
ぐんにゃりと歪んでしまった髪留め。
夢中で小太郎君をおぶろうとしていたせいで。
髪から落ちて。
そのまま二人で踏みつけたのでしょう。
「お二人とも、足を怪我していませんか?」
心配しながら問いかける俺の顔を見つめる後輩コンビが。
俺よりも悲壮な顔をしていますが。
ああ。
君たちは本当に優しいね。
そこまで心配しないでいいんだよ?
「お、おっさん。あの……」
「…………えっと、ご、ご、ごめんなさい!」
「いえいえ、謝ることなんてないですよ。予備買っておいてよかったですね、穂咲」
俺のお隣で。
飄々とした顔をしているであろう穂咲へ声をかけたのですが。
「あれ?」
この人も。
どういうわけか、悲壮な顔をしていらっしゃる。
「…………小太郎君、そのシャツ、買ったばっかしに見えるけど」
「は、はい! ヒナちゃんが、さっきプレゼントしてくれたんです!」
「もっと早く手を貸してれば、こんなことにならなかったかもなの。ごめんなさいなの」
「え?」
穂咲が見つめる先では。
小太郎君のシャツの裾が。
ばっさりと裂けてしまっているのです。
悲壮な顔が。
今度は真っ青になった小太郎君。
でも、彼が謝る前に。
雛ちゃんの方が、先に口を開きます。
「親切してなったことだし、気にしないでよ。縫えば済む話だし」
「で、でも……」
「それよりコタロー。あなた、こういうの直すの得意じゃない。どうせダメ元なんだからやってみれば?」
雛ちゃんの気づかいに感心していた俺の手から。
ヘアアクセサリーが取り上げられると。
「うん。……そうだね、直せるかも」
意外なことに。
それを受け取った小太郎君は、自信をもって頷いたのです。
「へえ! 小太郎君、金属細工、得意なのですか?」
「こ、こ、こういうの、好きで……」
「じゃあ、破けたシャツはあたしが塗ったげるの」
「ああ、それはいいですね。君の腕前、へたなミシンより断然上ですし」
なんという偶然。
これは見事に。
お互いの傷をカバーし合うことになったのです。
プレゼントに込められた想いと。
優しさのせいで付いた傷と。
思いやりで直した痕。
「完全な元通りよりも、幸せな宝物になりそうですね」
「おっさんにしてはうまいことを言う」
「ほんとなの!」
「は、は、はい!」
優しさの中に、悲しさが生まれて。
その悲しさの中に、幸せが生まれて。
二対一。
ちょっぴり嬉しい事が上回ったこの事件。
でも、そんな俺たちをずっと見ていた方々が。
幸せそうな笑顔を浮かべて離れていく。
「……ざっと見渡したところ、九対一なのです」
「何のことなの?」
「圧勝という事ですよ」
そう。
穂咲の良いところ。
この、『九』の側が。
いつかきっと。
君の就職の役に立つと信じて……。
「それよりコタロー。お前、トイレ探してたんじゃないのか?」
「穂咲も神様から勇者召喚されていましたよね」
丁度トイレの目の前。
好都合。
俺と雛ちゃんは。
赤と青のこけしマークを同時に指さしたのですが。
穂咲と小太郎君。
二人して、廊下の右と左へ。
トイレはどこだと探しに行ってしまったのですけれど。
「……そっくり」
「ええ。ほんとに」
俺は、目立ちすぎる『一』を消さないことには。
どうしようもないという事を改めて知るのでした。
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