アマリリスのせい


 ~ 二月十二日(水) カップル ~

 アマリリスの花言葉 おしゃべり



 昨日の穴掘りで思い出しまして。

 前々から準備していたものを。

 穂咲へプレゼント。


 就職決定のお祝いのつもりでしたけど。

 プレゼントすると言ってしまった以上仕方ありません。


「何と言いましょうか。こんなことをしている間に一軒でも回ってきた方がいいと思うのですが」

「いいの。だって、近くのご飯屋さんが良いのに、ご近所だとなんでかあたしのことを『鉈の機械』って呼んで追い出すの」

「なにその殺戮マシーン。そういう聞き間違いを直せば採用してくれるところもありそうですけどね」


 勉強はできるようになったのに。

 根本的なところがお馬鹿さん。

 そんな、またの機会なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 そこにアマリリスを一輪活けているのですが。


 そんな穂咲の後について。

 やってきたのはワンコ・バーガーお隣の空き地。


 まあ、ここまでの暗号は。

 小学生でも簡単に解けるでしょうからね。


「どうです? 難しすぎたらヒントは出せますけど」

「そんなんもったいないの。楽しいの」


 そりゃあよかった。

 無い知恵を振り絞って。

 考えた甲斐がありました。


 ほっと胸をなでおろしながら。

 宝の地図とにらめっこする穂咲を眺めていると。


 こいつは、急に空を見上げて。

 ぽつりとつぶやきます。


「パパと歩いてるみたいなの」


 ……そう。

 二年生の夏。

 山の上で一泊した時に思ったこと。


 いつまで君といられるか。

 それはまるで分らないですが。


 いつか離れ離れに暮らすその時までは。

 俺がおじさんの代わりをしてあげましょう。


「なーんて思っておいて。まるでほったらかしでしたけどね」

「ん? なあに?」

「何でもないですよ。それよりお宝を探さないと、誰かに先を越されちゃいますよ?」

「……ってことは、この宝の地図は全世界発信されてるの?」

「さあ、どうでしょう?」

「こうしちゃいられないの!!!」


 穂咲は地図をくしゃくしゃにポケットへ押し込むと。

 スコップで手当たり次第に穴を掘り始めたのです。


 気軽な気持ちで煽って大失敗。

 たとえ全世界に発信されていたとしても。

 かんなと犬とハンバーガーの絵を目印に。

 この空き地にたどり着ける人はそうそういやしませんって。


 それはさておき。

 せっかく作った地図の暗号。

 空き地に書いた、『①/②犬ハチ公』というヒントと。

 『お宝の場所は空き地の①②』という答え。


 空き地の真ん中あたりに。

 草を二房、バッテンに縛った隠し場所。


 無い知恵を絞って。

 頑張って考えたというのに。 


 推理もせず、手当たり次第に地面を掘り返す迷探偵のスコップが。

 ずんずんお宝に迫っていきます。


「なんという猫に小判」

「間違ってるの。猫にこんばんはなの」

「そんなばかな」

「貴重なものや言葉も、その価値の分からない人には無駄でもったいないって意味なの」

「そんなばかな」


 意味は合っているのですね。

 なんという面倒な覚え違い。


 君はそうやって、これからも。

 何かをちょっぴりずつ勘違いしたまま。

 この世を飄々と生きていくのでしょうね。


 さて、そんな穂咲ならでは。

 強運に導かれるまま、いよいよお宝の入った缶のあたりにスコップを刺そうというところで。


「その様子じゃお宝はまだ手に入れてないようだな、スコップ女」


 見知った声が。

 苦笑いしながら俺に手を振る女性の隣から聞こえてきたのです。


「ま、また横取りに来たの!」

「横取りじゃねえ。お前さんが持っているニセの地図じゃなくて、俺は本物の地図を解読してここに来たんだ」


 工務店勤めの。

 金属製の工具箱をぶら下げたお兄さんと。


 やたら大きなプラスチックのカバンを抱えた。

 恋人の美穂さん。


 どちらも、俺と穂咲のお友達で……。

 いや、もとい。


 どういうわけか。

 穂咲だけはお兄さんを敵視しているのですけど。


「いつもながら、穂咲を楽しませる名人なのです」

「ごめんね道久君。でも、本人としては穂咲ちゃんをいじめて楽しんでるんじゃないかしら?」

「いえ、ああ見えて穂咲も楽しんでいると思いますよ?」

「楽しかないの! お兄さんは、いっつもあたしのお宝をくすねようとするライバルなの!」

「くすねるなんて人聞きの悪い。ただ、お前さんの後を追ってるだけでお宝の方が俺の手に転がり込んでくるだけだ」

「むきいいいい!!!」


 うーむ。

 なんというエンタテインメント。


 美穂さんは、苦笑いしつつも楽しそうにしていますし。

 俺に至っては楽しいを通り越して感心してしまいます。


 そんなお兄さんは美穂さんへ向かって。

 穂咲に聞こえる程度の小声でつぶやきます。


「美穂。お前が持ってる本物の地図は、絶対にスコップ女に見せるんじゃねえぞ?」


 とうとうお遊びに巻き込まれた美穂さんが。

 眉を八の字にさせて困っているのですが。


 当の遊び相手である穂咲は。

 まるでお兄さんの声が聞こえなかったかのように平静な表情で。


 ……でも、右手と右足を同時に出しながら。

 俺たちの元へ近づいてきました。


「ばれますばれます」

「な、なんのことなの? それよか美穂さん。素敵なバッグなの。ブランドものなの? もっと近くで見てもいい?」

「ごめんなさい、美穂さん。助けてあげたい気持ちもあるのですが、俺、この茶番が大好きなのです」

「ええ~? 困ったな……、このあとどうするのが正解なの?」

「製図のケースを強引に取られても手を痛めないように、もっとゆったり握るといいのです」


 ああ、確かにと。

 まるで穂咲へ渡すように、体の前にプラスチックケースをもってきた美穂さんですが。


 その正面に。

 お兄さんが立ちふさがるのです。


「くっ。邪魔なの。あたしは美穂さんと楽しくおしゃべりしてるの」

「残念だが、俺はどんなエサをちらつかされてもここを動いたりしねえぜ?」

「エサ……? ふっふっふなの。あたしが持ってるニセモノにも使い道を発見なの」


 おしゃべりな穂咲には。

 隠し事なんて無理なの知ってますけど。


 モノローグが全部駄々洩れって。

 さすがにどういうこと?


「ん? 何の話だ?」

「こいつは、実はすんごいお宝が隠された場所の地図なの」

「なっ!? …………そ、そんなものに興味はねえ」

「もし、空き地の隅っこに行くなら貸してやってもいいの」

「ぜ、全然いらないんだが、そうまで言うなら見てやってもいいぜ……」


 そして、お兄さんがふんだくるように穂咲から地図を奪って空き地の隅へ走ると。

 穂咲は穂咲で、美穂さんからケースを奪い取って。

 中身をぶちまけるのですが……。


「す、すんごい暗号なの! まずは、この家がのどこに建っているか推理するの。三日四日は覚悟なの……!」


 改装か、新築か。

 家の図面のようですか。


 どこにお宝が隠されているかと問われれば。

 そんなものはどこにも書かれてないはずですし。


 どこに建っているかと問われれば。

 住所、書いてあるのです。


 というか。

 うちのお隣さんだし。


「すいません美穂さん。資料ぶちまけて、大丈夫なのですか?」

「うん。こっちはコピーだし、納品しようとしたらいらないって言われたものだから」


 地べたにぶちまけてしまったせいで。

 見る間に汚れてしまったので焦ったのですが。


 それならよかった。


「むむ……。ここが、こうなって……。はっ! 分かったの! こっちの図は二階なの!」

「…………玄関が」

「ぷっ!」


 俺のあきれ顔と。

 美穂さんがおなかを抱えて笑っている様子。


 そんなものには目もくれず。

 必死に図面と向き合う穂咲の後ろで。


「ふむふむ、なるほどな。ニセの地図と違って、本物はさすがに難しい」

「へ? ……………………ん?」

「鈍いのです」

「はっ!? 騙されたの!!!」


 そしてお兄さんからふんだくるように地図を奪い返した穂咲は。

 美緒さんの背中へ逃げ込むと、犬歯をむき出しにしてガルルと唸るのですが。


「ちっ……。こうなったら、スコップ女が暗号を解いたところで横取りを……」

「そうはさせないの! とっとと帰るの!」


 ワンコ・バーガーへ向かう人の列が。

 驚いて振り返るほどの大声をあげた穂咲さん。


 今日のところは諦めてやると。

 図面を回収してから歩き出すお兄さんには牙をむき。


 楽しそうに笑う美穂さんには。

 またねと手を振って。


 そして、腕を組んで歩く二人の後姿を見つめながら。

 ぽむと手を叩くのでした。


「寒くなると、まっすぐ一本になるの」

「何がです?」

「カップル」

「ハズレです。そもそも探してるものは、縦にまっすぐ伸びるものでしょうに」

「……そうだっけ?」


 寒く無くても。

 この二人はこうして歩きますし。


「それに……」

「それに?」

「…………いえ。なんでもないです」


 まだ、確証が持てないので。

 言わないでおきますけど。


 昨日気付いたのですが。

 おじさんが言っていた、縦にまっすぐのびるもの。



 なぞなぞではないのでは?



 俺、どれだけ考えても答えを思い出せませんし。

 見に行こうと言っていただけならば。

 つじつまが合うのです。


「……ふむ。穂咲、明日も面接なかったですよね」

「うん」

「じゃあ、いろいろ見に行きますか」


 寒くなると。

 まっすぐ伸びるもの。


 さて。

 どこに行けば見ることができるでしょう。


 きっと最後の。

 おじさんの思い出探しの旅。


 できれば、ずっと。

 見つからないでいて欲しい。


「…………あ! 穴ぼこ見てたら思い出したの! タイムカプセル!」

「ああ、そこいらじゅうぬ埋めてましたっけ」

「総勢、五十一個」

「埋めたねえ!」


 そして、思い出探しが終わりそうだと感じたからでしょうか。


 俺は思わず。

 こんなことをつぶやいたのです。


「タイムカプセルの地図、無くすといけませんし。俺が持っておきましょうか?」


 言ってしまってから。

 少し後悔した言葉は。


 穂咲の頬を絵筆で優しく撫でて。

 すこし赤く色づかせると。


「…………そんなもの書いてないの」


 俺の頬も。

 真っ赤にさせたのでした。


「それじゃあ埋めた意味ないでしょうが!!!」

「平気なの」

「なんで!?」

「道久君が見っけてくれっから」



 ……どうやら一生分。

 思い出探しが出来そうなのです。



 あと。



「そういや君、地図はどうしました?」

「……どっかいっちったの」



 ほんと、君は。

 お楽しみを長引かせる名人だこと。

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