パンジーのせい
~ 二月六日(木) 流れ星 ~
パンジーの花言葉 物思い
冬の夜空は冷たくて。
こんなにも暗いのに。
バイト帰りの夜道はぽかぽか暖かくて。
そして眩しいほどに明るいのです。
「もう、大興奮ですよ藍川センパイ! 昨日なんか楽しみすぎて眠れませんでした!」
「で、でも……。藍川先輩の就職先、まだ決まっていないのに。いいのですか?」
「逆にここがタイミング良いの」
「学校、明日は新入生の説明会で臨時休校だと言っていたではありませんか」
以前、千草さんの村で会長と葉月ちゃんと夜通しお話をしたことを。
ずーっとうらやんでいた瑞希ちゃんのために。
お泊り会を計画してあげたこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
お泊まり会と似て非なり。
夜会巻きに結い上げて。
一見、大人なレディーの装いですが。
そこに、色とりどりのパンジーを咲かせていては。
大人なのやら。
子供なのやら。
「まあ、お姉さんではあるようですが」
「何の話?」
「褒めているので、お気になさらず」
バイトを先に上がって。
和室に掃除機をかけて布団を並べて。
軽めだけど。
趣向を凝らした夕食を準備して。
「準備万端なの」
「そのまま家で待っていればいいのに」
後輩たちをいつでも思いやる。
優しいお姉さん。
「俺も、珍しく潤っていたお財布で出来る限りのフォローをしましたから」
「助かるの」
後輩コンビと同じ、二十時にバイトを上がった俺は。
女子の着替えに時間がかかっている間に。
先に着替えを済ませて、スーパーまで走って。
必要そうなものを買って来たのですけど。
「でもでも、知りませんでしたよ!」
「はあ。何がです?」
後ろを歩いていた瑞希ちゃんが小走りに近づくと。
右隣から、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んで。
「センパイ、藍川先輩と一緒に暮らしていたんですね!」
「………………は?」
変なことを言い出しました。
「どうしてそうなったのか知りませんが、そんなわけないでしょうに」
「だってセンパイ! お買い物袋!」
「二人がお泊まり会をするのに必要そうな品を買ってきただけなのです」
「でもでも! 歯ブラシとかタオルとか!」
「ですから。これは君たちの分です」
興奮しながら買い物袋をのぞき込む瑞希ちゃんを止めようと。
葉月ちゃんも寄ってきたのですが。
袋の中身をちらりと覗いて。
敵方に寝返るのです。
「え? で、でも……。洗剤は違いますよね……」
「ああ、これは確かに穂咲の家の分ですけど。……こら。きゃーはやめなさい、きゃーは」
小躍りする勘違いコンビには。
何を言っても無駄でしょうけど。
大切なことなので。
あと、もう一つだけ言っておかないと。
「いや~んも禁止です」
やれやれ。
今日はずっと突っ込み続けることになりそう。
がっくり、ため息をつくと。
さっきまで隣にいた穂咲の姿がいつの間にか消えていて。
「あれ?」
振り返ってみれば。
暗がりに足を止めて。
夜空を見上げていたのです。
騒いでいた二人も振り返って。
でも、穂咲へ声をかけるのをためらっているのですけど。
「えっと……」
「ど、どうされたのでしょう……」
マフラーの上から。
白い吐息を首に巻き付けて。
物思いにふけっているようなその姿。
これは……。
ああ、なるほど。
「流れ星でも見つけたのですか?」
「そうなの。まっすぐ伸びてたの。これが正解?」
「いえ、残念ながら寒く無くても伸びますね」
「……じゃあ、早く答えが見つかるようにお願いしたいから、もう一個落っこちるまで待つの」
やはりそうでしたか。
お客様を待たせてまで。
なんたるマイペース。
でも、優しい二人は。
文句を言うどころか。
……言うどころか。
「ですから。きゃーはやめなさいって」
「だってだって! センパイ、一発で理由当てちゃうなんて!」
「さ、さすがです……」
「ええいうるさい。それと、いや~んも禁止です」
しばらくはしゃいでいた二人も。
穂咲に倣って夜空を見上げると。
ほうとため息をついて。
肩から力を抜くのです。
「わあ……。今日は、いつもより星が綺麗に見えますね……」
「そりゃそうよ。だって寒い日の方が、空気が澄んでるんだから」
「そうなの?」
「……ごめん。ほんとはよく知らない」
「だと思った……」
そんなとぼけた会話に。
割り込む気持ちになったのは。
かっこうをつけたい。
先輩心というものでしょうか。
「冬の星が綺麗に見える理由、小説で読んだことがありまして」
「へえ! 教えてくださいセンパイ!」
「夏は銀河系の中心方向、冬は外側の方向を見ているらしいのです」
「は、はい。そう言われてますよね」
「それで、多分、比喩表現的なモノだと思うのですけど。暗い方を向いているから、一つ一つの星が明るく見えるらしいのです」
「ああ、なるほど!」
「そう? なんだか、信ぴょう性が無いような……」
「ですから、たとえ話のたぐいだと思うのです。暗い気分でいると、明るくて幸せな人が羨ましくて、眩しく感じると言いたいのでしょう」
俺の、受け売り話に。
むむむと唸った二人は。
ため息をついた穂咲を見て。
涙目になって俺に聞いてくるのです。
「まさか、今、ため息をついたのは……」
「まだ進路が決まっていないのに、私たちが楽しそうにしているせい?」
「違いますって」
いけないいけない。
期せずして、意地悪なたとえ話になってしまいました。
でも、ご安心ください。
穂咲の目線は。
明らかに俺の手元へ向いていますので。
「ほんとにあたし達のせいじゃないんですか? センパイ……」
「ほんとです。今のため息は、大人の悩みなのです」
「お、大人の?」
「藍川センパイ、ひとつしか違わないのに、やっぱり大人ですね……」
そして、素敵な藍川先輩に見惚れるお二人は。
キラキラな瞳であこがれの人を崇めていますけど。
違うのですよ。
そうじゃないのです。
穂咲が見ていたのは。
たくさんのジュース。
たくさんのお菓子。
「それにしても、センパイ! やっぱり藍川センパイが何を考えているか分かるんですね!」
「す、すごいです……」
「さすが! 一緒に暮らしてるだけのことはありますね!」
「暮らしてませんって。きゃーはやめなさい、きゃーは」
それに、一緒に暮らしていなくたって。
この人の、大人の悩み。
誰にでも分かるのです。
だって、ほら。
お菓子の入った袋を見つめながら。
お腹を服の上から摘まみながら。
「はあ……」
「セ、センパイ! 今のも、大人の悩みですか!?」
「……そうなりますね」
そんな返事をしたものだから。
きゃーきゃーと耳元で大騒ぎされましたけど。
それ。
ほんとにやめてくださいな。
~♠~♥~♣~
「むう……、こっちがババなの!」
「そう言った方引いてどうするんです!?」
「あ! 間違えちったの!」
「そんじゃ、あたしの番ですね。…………こっち!」
「ふにゃあああ!」
楽しい時間は。
あっという間。
もう、十時を回ってしまいました。
「楽しいです! もうひと勝負しましょう!」
「むう! 今度は負けないの!」
「俺はそろそろ帰りますね。皆さん、お風呂に入る頃合いでしょうし」
そう言いながら立ち上がった俺の袖を。
瑞希ちゃんが引っ張ります。
「なんと。座らされるとは珍しい体験」
「センパイ! まだ遊びましょうよ! なんなら一緒にお泊りです!」
「しませんって」
肩をすくめて改めて立つと。
今度は穂咲が足止めしてきます。
「最初からそのつもりなの。道久君のパジャマ、お風呂場に出しといたの」
「俺はこっちで寝ませんよ!? そしていいかげん、きゃーはやめろ!」
可愛い後輩たちですけれど。
この二人。
俺をイラっとさせる名人でもあります。
「ああもう、ほんとに帰りますので。両側から袖を引っ張らない!」
「そうなの。放してあげるの」
「おや珍しい。穂咲がまともなことを……」
「お店の電話が鳴ってるの。早いとこ出るの」
「……言うわけないか」
やれやれ。
このメンバーでいると、どうにも調子が狂う。
俺は頭を抱えながらも。
急いでお店へ向かいました。
「もしもし、お待たせいたしました」
「藍川様のお宅でしょうか」
「はい、藍川です」
「あら? ……秋山さんかしら?」
「……え? その声、千草さん!?」
「ええ、そうです。ご無沙汰ですね」
え? え? え?
なんで千草さんがここに電話を?
「ああ、そうか。穂咲ですね? 少々お待ちください」
「いいえ。
「………………は?」
え? え? え?
ほんとに。
ちょっと待ってください。
「どういうことです!? なんでおばさんの事を……」
「ええ、存じていますよ? ご在宅?」
「いえ、今日は配達で遠くへ出ていまして、帰りが遅くなるのですが……」
「そうでしたか。では、また改めさせていただきます」
いやいや。
どうして?
なぜ千草さんがおばさんの事を知っているのでしょう。
意味も分からず。
呆然としていた俺に。
千草さんが。
いつもの優しい声で。
とんでもないことを言いました。
「秋山さんは藍川さんと一緒に暮らしていらっしゃったのですね」
「違います」
いやはや。
ほんとに。
違いますので。
…………きゃーはやめろ。
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