ツバキのせい
~ 二月四日(火) 洗濯もののブラ ~
ツバキの花言葉 女性らしさ
昨日も感じたこと。
女性ものの下着の話なのに。
ちっとも色っぽくない。
「うう。まっすぐに固まっちったの」
「取り込まないからそういうことになるのです」
昨晩は、雨からみぞれ。
一晩中干しっぱなしにしていては。
そうなって当然なのです。
「これ、寒いとまっすぐに伸びるもの?」
「違うでしょうね」
早朝の庭先で。
かっちこっちに固まった下着を手に。
はんべそをかくこいつの名前は
軽い色に染めたゆるふわロング髪をソバージュにして。
耳の上に、ツバキを一輪挿しているのですが。
見た目とは裏腹に。
女性らしい行動が。
毎日十分しかできない
まるで女子力の無い子なのです。
……通常、この生き物は。
洗濯物を洗濯機に放り込んで、洗剤も入れずにスイッチを押すのに二分。
それをしわくちゃのまま干すのに八分かかります。
だから必然的に。
取り込むのは。
翌日になってしまうというわけですね。
俺は、垣根を越えて藍川家の裏庭に入って。
かちんこちんの洗濯物を取り込んで。
裏口から、台所へ放り込むと。
「……道久君」
居間のこたつに潜っていた。
おばさんに声をかけられました。
「なんです?」
「ほっちゃんのために、洗濯物を自動的におなかに放り込んで、勝手に洗剤を入れて、洗濯乾燥しわ取りまでして畳んだ形で出てくる洗濯機を発明なさい」
「そこまで賢い機械には、もっと高度な仕事をさせましょう。洗濯程度の雑用は穂咲にやらせとくといいのです」
それもそうねと。
納得してしまったおばさんは。
凶器にも使えそうな下着をストーブにあてて。
床をびしょびしょに濡らす穂咲を見つめてため息をつくと。
空になったマグカップ片手に。
台所へ入るなり。
小さな悲鳴をあげました。
「こら、ほっちゃん! ママのオルゴールは出しちゃダメ!」
「だって、それあたしのなの」
「ママのだっての!」
キッチンの。
テーブルの上には見覚えのあるオルゴール。
おばさんが、大事に抱えて和室の物置へ突っ込むと。
「ああ、そうだ。お礼言っとかないと。ええと、連絡先は……」
ぶつぶつとつぶやきながら。
お店へ下りて行きました。
……携帯を使わないということは。
お店に置いてある。
手書きの古いアドレス帳を頼りにしたわけで。
随分と古い知り合いへ。
連絡する気なのでしょう。
ならば長くなりそうだ。
俺は、そこまで悟ると。
かちこちの塊を引きずって。
穂咲の隣で加湿器と化したのでした。
「はあ……。ねえ、穂咲。大人になるにあたって、家事くらいできないと」
「家事って、お仕事なのにお給料出ないからモチベーション保てないの」
「モチベーションでやるものではなく。生活の一部でしょうに」
「そんなことないの。お仕事なの。……はっ!? ねえねえ道久君!」
「はい?」
「家事手伝いを二年やれば、調理師免許受けに行けるの!」
「どうしてそれが二年間の調理経験になりますか」
勤務経験先。
藍川家って。
受験手続でそんなこと書いたら。
家系ラーメン屋と間違われるのです。
「……自宅じゃダメ?」
「ダメです。職場に通わないと」
「じゃあ、別宅ならいいの」
「は? いいわけあるかい」
「そうと決まれば、早速出勤するの!」
「出勤って何のこと? ちょっと! 洗濯ものは!?」
止めようとした俺の手をかいくぐって。
穂咲はテレビの横の棚から。
家の鍵を取り出します。
「……ああ。別宅って、そういう事ですか」
「早速今日からお仕事するの」
この鍵は。
穂咲の叔父さんである。
まーくんの別荘の鍵なのです。
「ダメですって。そんなのじゃ調理経験になりません」
「なんで?」
「週に決まった日数、決まった時間調理場に立たないといけないって自分で言っていたじゃないですか」
「…………ほんとなの。じゃあ、意味無いの」
「とは言え丁度いいのです。たまには空気を入れ替えて掃除しておきましょう」
「なるほどなの。今日の所は、家事スキルを磨きに行くの」
そう言いながら。
穂咲が見つめるのは。
おはじきの真ん中に穴をあけた。
鍵に付けたキーホルダー。
あの別荘で。
一番の思い出かもしれません。
「ひかりちゃんの宝物でしたよね」
このおはじきは。
ママがいないと、ひかりちゃんがぐずった時に。
穂咲が、ずっと抱っこして慰めてあげて。
その時お礼にと、くれたものなのです。
「ぴかりんちゃん、よっぽど嬉しかったの」
「そうですね。大切にしていたものをあげたいって、家族だからそう思うのです」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあ、あたしは家族じゃないの」
「はい?」
「こんなおはじき、もう忘れてると思うの。あるいは覚えてたとしても、いらないと思うの」
なんという真理。
二歳のころの宝物。
たしかにそうですね。
もう、覚えちゃいませんよね。
「……久しぶりに行くの。ぴかりんちゃんとの思い出、きっと思い出すの」
穂咲はぽつりとつぶやくと。
嬉しそうに裏口から外へ出たのでした。
「さあ、家事の特訓なの」
「お。実に良いですね」
「……道久君の」
「ふざけるな」
「女性らしくなるの」
「なりたくありません」
……そういうことを言う子には。
罰を与えましょう。
なあに、簡単な事。
洗濯ものをこのままにしておけば。
あとで君だけ。
大目玉なのです。
~🌹~🌹~🌹~
こんなことを考えたことはないだろうか。
時が流れているのは。
自分の視界の中だけで。
視界の外では。
時が止まっているのではなかろうかと。
最後に見た。
自分の記憶。
あの瞬間で。
ポーズボタンは押されたはずなのに。
「…………そういえば、夜に明かりが点いていた気もしますね」
「ちょっぴり残念だけど、しょうがないの」
まーくんの別荘で。
穂咲の秘密基地で。
ひかりちゃんと過ごした場所で。
Eスポーツ同好会のみんなと冒険をした場所。
俺たちが、気軽に勝手に使っていた秘密基地から。
会ったことのない、ツンツンヘアーの男の子が。
さらさらショートヘアの妹の手を引いて。
元気よく飛び出してきたのです。
「まーくんたち、使わなくなったから……」
「きっと誰かに売っちったの」
扉を前に、兄妹二人で並んで立つと。
中学生くらいのお兄ちゃんは。
右のポケットと左のポケットを探して首をひねった後。
口の中から鍵を出して。
妹を大笑いさせています。
都会から越してきたのでしょう。
この辺りではあまり意味のないドアの施錠。
そして楽しそうに出かけようとする二人に。
穂咲は声をかけたのです。
「……じゃあ、掃除は任せたの」
「は?」
「ご、ごめんね!」
なに言い出しました!
急にそんなことを言われても。
眉根を寄せるに決まってます。
怪訝な顔をして。
ちょいちょい振り返りながら駅へ向かう兄妹。
そんな二人を見送ると。
穂咲はしょんぼりと。
手に持った鍵を見つめるのです。
「……せっかく、家事スキルを上げて女の子らしくなろうとしたのに」
「まあ、そう言いなさんな」
「うん。……違うスキルを探すの」
そう言いながら。
無理に作った笑顔で俺を見つめる穂咲は。
軽くため息をつくと。
お別れのつもりでしょうか。
開くはずの無い扉のノブを。
軽く引くのでした。
「……もう、入れませんね」
「うん。……あたしたちはおしまい。次は、あの子たちがこの家で楽しい思い出を作る番なの」
優しい言葉をつぶやきつつも。
やっぱり寂しそうにしている穂咲へ。
どんな言葉をかけようか。
俺が考えあぐねる間に。
再び、ひかりちゃんからもらったキーホルダーを見つめながら。
弱々しくため息をついた穂咲が。
未練を断ち切ろうとしているのでしょうね。
回るはずの無い鍵をドアに差し込んで。
無駄だということを確認するために鍵を回すと。
がちゃっ
「ひあああっ!? 今のはうそなの!」
ちょっと!
開いちゃったよ!?
鍵がそのまんまってどういうことさ!
俺は苦笑いを浮かべながら。
穂咲から鍵を受け取って、再び施錠しておきました。
「……早速、違うスキルを身に付けましたね?」
「今のは違うの! そんなスキルいらないの!」
「やれやれ。世紀の大泥棒、ここに爆誕なのです」
「そんな悪いことしてないの! 何もなかったの!」
俺は、まーくんに鍵を回収するようメッセージを入れながら。
べそをかいてぽかぽかと叩いて来る穂咲を見て。
なんだか楽しい気分で家に帰ったのでした。
……そんな気分も。
居間をびしょびしょにした罪を全部擦り付けられたせいで。
あっという間に消え去ったのですけどね。
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