カスミソウのせい


 ~ 二月三日(月) チンアナゴ ~

 カスミソウの花言葉 切なる願い



 好きなのか嫌いなのか。

 いつからだろう。

 俺は考えるのをやめた。


 十八年と数か月前。

 同じ日、同じ時間。

 同じ病院で生まれたお隣りさん。


 そばにいることが当たり前で。

 小さな頃は。


 引き離されると。

 小一時間は泣き止まなかったらしい。



 ……俺だけ。



「なんでそんな仏頂面してるの?」

「納得いきません」

「納得いかないことがあったの? 今?」

「……ほんのちょっと前」

「思い出しぶっちょなの?」

「思い出しぶっちょなのです」


 ほんとは。

 思い出せやしませんが。


 俺だけ泣くとか。

 なんたる不条理。


 今日はお向かい。

 珍しい席に座るこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに、カスミソウをわんさかと。

 束で活けているびっくりドッキリお嬢さん。


 隣りに座られたら。

 お花が邪魔で鬱陶しそう。


 だから。

 ひとまず心の中で謝っておきますね。


「む、難しいですね……」

「って言うか、範囲が広すぎて何でも正解っぽいんですけど」


 俺の両隣。

 穂咲からちょっと離れて。


 顔の横で揺れるカスミソウを気にしながら。

 俺のそばまで椅子をずらして座るのは。


 元気な方が、六本木瑞希ちゃん。

 清楚な方が、雛罌粟葉月ちゃん。


 お二人は、ワンコ・バーガーの制服に身を包み。

 それなり暇な、平日の十六時台という時間を。

 客席に座った俺たちと過ごしてくれています。


「ええと、縮むものと伸びるものでしたっけ?」

「違うの。ママが出してくれたなぞなぞは、寒いと厚くなるものなの」

「そ、それの答えは下着なんですよね?」


 どうしてでしょう。

 ちょっぴりエッチな話なのに。


 おばさんが出したなぞなぞというだけで。

 下品にしか聞こえません。


 今もそれなりですけれど。

 おじさんがいた頃のおばさんは。


 かなりやんちゃな人だったはずなので。


「そして、お父様が出した方が……」

「寒いと、真っすぐに伸びるものなの」

「うーん? やっぱりわからないですね……」

「あれ? 瑞希ちゃん、答えがいくらでも分かるようなこと言ってなかった?」

「いえ。ここはちょっと語らせていただきますけど、なぞなぞの答えって、当てはまるものはいくつもあるんですよ」

「……はあ」


 うわ、どうしましょう。

 瑞希ちゃんの目の色が。


 ちょっと面倒な事を語る時の。

 岸谷君の目と同じ色をしています。


「その中で、答えを聞いて、なるほどと唸ることが出来るものが真の正解。お分かりですか?」

「分かったと言わないと、後が怖そうなのです」

「じゃあ分かっていないじゃないですか!」


 ぷくうと膨れた瑞希ちゃん。

 そのお向かいで、葉月ちゃんは苦笑いを浮かべながら。


 穂咲に一つ。

 当てはまるものを答えます。


「つららでしょうか?」

「違うの。垂れ下がるんじゃなくって、上に伸びてくものなんだって」

「はあ……。では、なんでしょうねえ、降参です」

「葉月、それは良くない。もう出てこないと思った所からさらにいくつもの可能性を模索して最適解を導き出すのが、なぞなぞに立ち向かう者として最低限の……」

「ちょ、ちょっと待って、瑞希」

「なに?」

「面倒」

「むきーーーーっ!!!」



 意外なことに。

 瑞希ちゃんにとって。


 なぞなぞは語るべき価値のあるものだったのですね。


 もう絶対。

 この子になぞなぞは出すまい。


 それはさておき。


「……穂咲。それ、ほんとにおじさんが出したなぞなぞなのですか?」


 おじさんは、なぞなぞを出すのが確かに好きだったと思うのですけど。

 大概、俺も一緒の時にしか出さなかった気がします。


 だってこの人。

 まるで考えようとしない子ですし。


「ほんとなの」

「はあ」

「そもそも、覚えてないの?」

「何を?」

「道久君だって一緒に聞いてたの」

「あれ? そうでした?」


 意外なことを言われましたが。

 まるで覚えていません。


 おじさんのなぞなぞは。

 本当に面白くて。


 答えは大概。

 覚えているつもりなのですけど。


「おじさんに限って、答えを明かしていないなんてこと無いですよね?」

「そんなこと知らないの」


 そして、四者四様。

 むむむと唸って。


 俺は、おじさんが答えを言っていない可能性について。

 葉月ちゃんは、解答に当てはまるものについて。

 瑞希ちゃんは、いくつもの候補から納得のいく答えを探して。

 穂咲は、他人が全然当てにならないことについて。


 それぞれが首をひねりながら。

 同時にバーガーへかじりつくと。


 穂咲が急に。


「分かったの!」


 目を輝かせて叫んだのですが。


 多分。

 ぜんぜん見当はずれなんでしょ?


「真っすぐ立つもの、思い出したの」

「真っすぐ? 立つ?」


 ……えっと。

 お題、変わってない?


 さっき、下着とか言われたから。

 妙なことを言い出さないかドキドキします。


 俺が想定しているようなことを言い出したら。

 即刻大騒ぎしてとめましょう。


「……で? 正解は?」

「ちん」

「ぎゃああああああ!!!!!」

「あなご」

「あああふざけんななのです!!!」


 心臓に悪い!

 ああびっくりした!


「あれ? 違った?」

「俺の寿命を縮めたいのなら、毒とかにしてくれませんか?」


 その方が断然楽。


「そんじゃ、も一つ思い付いたの」

「げ」

「ちん」

「ぎゃああああああ!!!!!」

「ぎすはん」

「あああわざとですよね!?」


 ああもう。

 こいつをこの場に置いておくのは危険です。


「瑞希ちゃんは没頭しているようですから。葉月ちゃん、こいつを連れて厨房で新作メニューでも考えていてください」

「え? ……は、はい!」


 排除排除。

 冗談じゃない。


 でも、一難過ぎ去ったところへ。

 また、なにやら抱え込んだ顔を肩に乗せて。


「……おお。丁度いいところに」


 外回りから帰って来たカンナさんが。

 俺の正面に、崩れ落ちるように腰かけたのです。


「ええい、次から次へと」

「てめえが何の問題抱えてるか知らねえが、こっちの方が大問題だ」

「……なにがあったのです?」

「ここの土地のオーナーがちょっと前に変わってな?」

「ああ、そんなことを言ってましたね。お隣りの空き地を持ってる人がオーナーになったんですよね?」

「そう! その隣の土地とセットで、今までの1.5倍の借地料吹っ掛けて来やがったんだ!」


 え?

 それは酷い。


「隣の空き地なんて、いらないじゃないですか」

「それが、セットじゃなきゃ貸さねえって。駐車場にでもしろって頑張られて……、どうすりゃいいんだ!?」

「やけ食いしないで下さい。俺のサービスポテトなのです」

「ただじゃねえか! 今度から金とるぞ!?」

「いえ、ただだろうが有料だろうが、カンナさんが食べちゃってるのでどっちだっていいのですが……」

「ああ! くそっ!」


 まあ、腹立たしい気持ちは分かります。

 単に、借地料が1.5倍になったわけですから。


 空き地なんて必要ない。

 ここのお客様、メインはショッピングセンターの利用客だから。


 車は向こうに止めるのが当たり前。


 それに、ワンコ・バーガーへ車でいらっしゃるお客様。

 その辺、どこにでも車停めてますしね。


「……なんか、いいアイデアねえか?」

「そう言われましても……」


 いやはや参った。

 実は、今日。


 改めて穂咲を雇ってもらえないかお願いに来たのですけど。


 それどころじゃなくなりました。


 ……ん?

 待てよ?


「カンナさん! お隣りを上手く使うアイデアを出せる上に料理が得意な店員、いりませんか?」

「なんだ。バカ穂咲はまだ職場決まってねえのか。却下だ却下」

「そこを何とか!」


 誠心誠意。

 切なる願い。


 テーブルへ額を押しつけてお願いしてみたものの。

 返事はどうあっても覆ることなく。


「そうはいかねえ。だいたい、あいつがいると赤字になる日もある」

「うぐ」


 そうですね。

 滅茶苦茶しますからね。


 特に。

 まかないで。


「秋山先輩! くじけないで頑張って!」

「てめえ瑞希! ダメだって言ってんだろ!」


 カンナさんに叱られながらも。

 俺を応援してくれる瑞希ちゃんのために。


 俺はもう一押ししてみることにしたのです。


「ち……、ちゃんと言えば大丈夫ですから!」

「……あの騒ぎを聞いてもか?」


 ジトっとした目で。

 俺を見つめるカンナさん。


 この人が言う騒ぎって。

 厨房から聞こえる店長の声の事?


「藍川君!? このキャビア、どうしたの?」

「まかないに使おうと思って、こないだ注文しといたの」

「ちゃんと言ったよね!? 勝手に発注しちゃダメだって!」

「そんなの聞いてないの」



 ……あちゃあ。



「ちゃんと言えばどうなるって?」

「…………キャビアが食べれます」

「あたしは金の話をしてるんだが?」

「だ、大丈夫! キャビア以上の利益を必ず……!」

「藍川君! この、割れたお皿の山はどうしたの!?」

「根性なしなの。ぎっちぎちに食洗器に詰め込んだくらいで木っ端みじんなの」



 …………ねえ。

 穂咲さん。



 縁の下に荷重かけすぎ。



 影の努力を踏みにじられた俺が。

 がっくりと肩を落とすと。


 カンナさんは、力なく笑いながら。

 俺のポテトをもう一つ齧りました。


「……ま、一応フォローしておいてやるよ」

「はあ」

「あいつは、間違いなくおもしれえヤツだ。……他人事だったら」

「なるほど。それならいい手を思い付きました」


 俺は、穂咲の手を引いて。

 ショッピングセンターの支配人の所に連れて行きました。


「給料はワンコ・バーガーから出るのでいりません。こちらの食堂で穂咲を働かせてやって下さい」



 豆をまかれて追い出されました。



 ――鬼可愛いからということに。

 しておいてあげてください。

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