第6話
後輩の告白を断ってから、藍への恋心を自覚してから俺は一所懸命藻掻いていた。
告白を断った手前、すぐに実行に移すべきなのだろうが、雨の日の特別な関係が終わってしまうのが俺にとってはたまらなく怖かった。
それにあれから雨が降らず、まる一週間が経過した。
時間と共に決心が揺らいでいき、失敗するリスクよりも現状維持のほうが良いのではないかと考えてしまう。
それからまた4日後、遂に雨の日がやってきた。
あいにくの休みの日。
仕組まれたかのような天気のタイミングに思わず苦笑いが溢れる。
いつものように藍が家にやってきて、いつもどおり勉強をしたり、読書をしたり、映画を見たり。
何も変わらない1日がやってくると思っていた。
そんないつもどおりを破ったのは俺ではなく、藍だった。
それは映画を見ている時だった。
話題の感動映画を見ていたのだが、俺には合わず、正直面白くなかった。
それをBGMにしながら思考の海へと沈もうとしているそんな時だったと思う。
彼女が、藍が言葉を発したのは。
「……大丈夫なの?」
「へぁ!?」
突然のことに今までで一番素っ頓狂な声を上げる。
「な、何が?」
「彼女出来たんじゃないの?」
嫌な汗が背中を伝う感覚があった。
あの呼び出しを見られたのだ。
見られたくない相手に見られていることがこんなにも焦るのだと知った。
誤魔化してもしょうがないので素直に白状する。
「いないよ。いた事がない」
藍はそんな俺の言葉に言葉を失っている様だった。
「あれを見たのかもしれないけど、断ったよ」
「そう……」
藍の表情からは何も読み取れない。
興味のない事柄のように感情の起伏を感じられなかった。
「クラスの人が言っていたから」
「なんて?」
「集真君が告白されて付き合ったって……」
「あいつか」
いらん事言いやがって。相談なんてしなければよかった。
「……だから今日も行かない予定だったの」
衝撃の事実が藍の口から告げられる。
来ない予定だった!?
「でも、最後にって思って結局来てしまった」
藍も俺と同じで不安なのだろうか。
何で支えられているのかわからない、いつ壊れてしまうかわからないこの関係を。
「大丈夫だ。雨の日はどんなことがあろうと藍との約束を優先する。それだけは絶対だ」
確かにしっかりと結び直すように、一字一句大事に噛み締めながら言葉にする。
いつか考えた藍への呪縛を自分と藍の呪縛へと上書きするように。
「うん!」
いつかの小学生の時のように二人で笑い合いながらお互いを重たい鎖で繋ぎあった、そんな感覚だったと思う。
俺達のこの関係は果たして世間一般ではどう捉えられるのだろうか。
友情か愛情か、はたまた依存なのか。その類の話を俺と藍はしないままでいた。
◆◆◆
大学生。学生の中でも時間を持て余し、やれることも広がることで新しい経験を積む機会の多い場である。
そういう俺も、入学前から新しいことを始めていた。
それが親元を離れての一人暮らしだった。
そうはいっても県外に出たとか、大学が家から通えないとかそういう事が理由ではない。
どうせいつかは経験することなのだから、社会に出る前に経験しとけという親父の意向だった。
願ってもない申し出だったので、受け入れて現在に至るというわけだ。
一人暮らしを始めてすぐ思ったのは母親への感謝だった。
正直に言うと、自由が増えて最高だとかそんなお気楽なことを考えていたが、寧ろ自由は減る。
時間にルーズになれると言われると聞こえは良いが、そんなにダラダラと遊ぶタイプでない俺からしたら関係のない話だ。
この環境におかれても変わることのないこともある。
その中の一つが藍との雨の日の約束だった。
一人暮らしの話が決まった当初は藍が来なくなることにとても寂しく感じたし、一番の苦痛要因でもあった。
しかし、そのことを藍に告げると、「どの辺に住むの?」とか「住所は?」とか事細かく聞かれた。
最終的には雨が降った日に俺の一人暮らしのアパートまでやってきた。
俺が目を丸くしていると、小さな声で「……約束だから」と言っていた。
惚れ直した瞬間でもある。
それからは授業の日程とかそういうのを見せ合ったり、互いに始めたバイトのせいで時間が削られることは多かったが、それでも概ね今までと変わらない。
雨の日は藍と過ごしている。流石に大学は別々となってしまったけれど。
そんな日々を過ごす内にやはり現状のままではいけないという気持ちもある。
見えない重い鎖に繋ぎ止め、これは完全なる依存なのではないか。
何事に関しても依存は害悪でしかない。
それがある内は良いとしても、なくなった瞬間に駄目になる。それでは駄目だ。
それにこの形ではなく、俺の恋心を伝えることで『恋人』という形で隣に居てほしいとも思う。
「どうしたら……」
「……何が?」
不思議そうに俺の背中からひょっこりと顔を出す。
本とにらめっこしながら全く別の事を考えていたせいで、今が雨の日で藍が家にいることを忘れていた。
「深いなーと思って」
「……」
有名文学を読みながらそれらしい言葉で誤魔化してみるが、藍は納得していない様だった。
「いや、将来のこととか……」
嘘は言ってない。俺一人の将来のことではなく俺達のことについてだが。
「……」
俺の言葉を深読みして思うところがあるのだろうか、藍も黙ったままなにかを考えている。
「集真君はどうしたいの?」
「俺はこのままだと駄目だとは思っているよ」
二人の会話が果たしてちゃんと通じているのかはわからないが、俺は自分の今の問題の評価を下す。
俯きながら黙っていた藍も俺の言葉を聞いて、頷き、顔を上げる。
「っ!?」
引き込まれそうな深い瞳が俺を捉え、思わず絶句する。
「……私もこのままじゃ駄目だとは思っているよ」
ゆっくりと着実に確かめながら言葉を紡いている、そんな印象を受けた。
「だから、私は一歩踏み出す。集真君に貰った勇気を温もりをちゃんと届けたい」
普段ならそんなことはないとか、間に口を挟みたくなるが今は藍の意思の妨げになることをしていけない。
それが聞く側の誠意と言うものだ。
藍は初めて語りだす。過去にあった自分の出来事を――。
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