第4話

辛い空気にも耐え続けた中学生活にも終わりが迎えられた。

正直、周りも俺がいることで大変だっただろうなと思うと、ある意味本当に悪い奴はいなかったのではないかと思う。

第一志望であった高校に難なく合格することが出来た俺は今日、卒業式にこんな事に気がついた。


「俺、藍の行く高校知らね―……」


本当に不思議な関係だと常々思う。

今となっては誰よりも一緒に過ごしているというのに、その手の話を俺達は一切しない。

一応形だけ交換した連絡先は、今の所、活躍の場は設けられていない。

今まで支えられていた関係も高校が変われば終わってしまう気がする。

そもそも、今まで小学生の時にした約束を守り続けていることもある意味異常である。

約束という重たい鎖に藍の事を繋ぎ止めているような気持ちになり、罪悪感が生まれる。

藍はどう思っているのか、それも俺は知らない。



春休み、高校入学までの長期休み。その中で雨は降り続いた。

折角の休みが雨が嫌って人も多いとは思う。

でも、この時ばっかりは天気の神様に感謝した。

浮かれる気持ちを抑えながら、完璧に準備をしつつ待つ。

何時に来るとかそういうのもないし、来るという保証もない。

でも、これだけが俺達を繋いでいた。


インターホンがなり、顔を覗かせたのは少しだけ髪を切った藍だった。

出会ってからほとんど髪を切っていなかったように思えるため、少しだけ新鮮だった。


「髪切ったんだな」


少しだけ驚いた様だった藍は「うん」と一言返事した。

その反応を見て、俺からこういうこと言ったの初めてだったかもしれないと思った。


「……変?」


急に触れたので不安に思ったのか、藍が首を傾げながら聞いてくる。


「いや、似合ってるぞ」


素直にそう思ったから口に出す。

傷んでいない艶のある髪は指を通せば気持ちよさそうだな、と思ったことは内緒だ。


「ありがとう」


いつもどおり階段を登り、一番奥の俺の部屋を目指す。

今日はちゃんと藍にどこの高校に行くか聞こうと企みながら。


「……」


「……」


意識すると見えてくる違和感。俺達の関係。

これを5年程続けてきたと思うと少しだけ俺達が心配になった。

会話が殆どない。

いや、喋らないと言うわけではないのだが、必要最低限の事しか言わない。

雑談も愚痴もほとんどない。あっても俺からのみ。

だから、藍の事について知らない事が多すぎる。

もしかしたら隠しているのかと不安を抱きながら質問してみる。


「藍ってさ……高校どこなの?」


「……」


本を読んでいた藍の手が止まる。

「なんで?」とか「どこでもいいじゃん」とか返されたらどうしようとか思っていた。

全然そういう姿を思い描けないけど。


「……集真君と一緒」


「えっ!?」


返ってきた答えが予想外で間抜けな声が出た。


「西崎高校でしょ?」


「……なんで知ってんの?」


受かるかどうか少し不安だったから親以外誰にも言ってないはず。

本に栞を挟み、こちらに向き直す藍。

思わず固唾を呑み込んだ。


「西崎の過去問ばっかりやってたから……」


「あー……」


そう言えば、そこしか狙ってなかったからそこの問題ばかり解いていた気がする。


「……あと、陽菜(はるな)さんに聞いた」


確かに藍と母親は仲良くて頻繁に連絡ととっているらしい。

「娘ができたみたいで嬉しい」とキャッキャしてたな。


「陽菜さんに私教えたんだけどな」


「とぼけやがったな……」


何日か前にそれとなく聞いてみたのだが、「藍ちゃんに聞けばいいでしょ」と躱されてしまったのだ。


「なんか集真君がそういうこと聞いてくるの珍しいね」


何がそんなに楽しいのか顔を綻ばせながら尋ねてくる。


「あー、いや。こんだけ一緒にいるのに高校知らないの変だろ」


「うん」


「というか4月から学校が別になるかどうかなのに気になるだろ」


何に対して言い訳しているのか、次から次へと言い訳ばかりが口から零れ落ちる。


「高校でも一緒だよ」


藍のその言葉に安心したように俺の中の緊張の糸も切れる。

その日の藍は終日楽しそうだった。

かく言う俺も不安から開放されてか、4月からも一緒という安心からか、いつもより心地良いと感じていた。

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