第3話

学校で顔を合わせても挨拶ぐらいしかほとんど言葉を交わさない。

それに加え、晴れている日は大体他の奴と外で遊んでいた。

藍との接点は雨の日のみ。

雨が降れば、示し合わせもなく、互いに自然に違和感なく一緒に帰って遊ぶ。

それが当たり前かのように。

主に遊び場は俺の家だった。小学生当時は母親も交えてのトランプやボードゲーム、テレビゲームと色々遊んだ。


「集真君これやりたい」


「やるか」


母親がいたからってのもあってか、彼女は俺の事を『集真君』と呼んでいた。

俺もそれに合わせるかの様に、自然に『藍』と呼ぶようになっていた。

その時点では何の問題もなく、エスカレーター方式で中学へとあがった。


問題は中学生の時にやってきた。

それは思春期という名の悪魔が携えてきた。

思春期というのは厄介なもので、今まで当然の様に行っていたことを恥ずかしく感じるようになったりする。

そして、それについて他人をからかったりする人間が出てくるのだ。

あいも変わらず、俺は普段は周りとしか交流せずに雨の日限定で藍と遊び続けた。

その頃からは、遊ぶというより一緒にすぐすの方が正しい気もする。

本や漫画を一緒の部屋で読んだり、宿題をやったり。

ただ、どこかに出掛けるということは一切なく、俺の部屋かせいぜいリビング程度だった。

藍の家に俺が行くこともなかった。家の事情もあるだろうし、自分の家の方が勝手がよかったから何も言わなかった。


そして、突如として変化は訪れる。


「お前らってこっそり遊んだりしてるよな」


「実は付き合ってるんじゃねーの?」


誰の言葉だっただろうか。

クラスの誰かのその一言が引き金になったのは間違いないが、それが根本の問題ではなかった。

その好奇心がクラス中に伝播したのが一番の問題点。

下卑た笑み厭らしい視線で埋め尽くされ、俺と藍を囲んだ。


「別に付き合ったりはしてねーよ」


そういう空気感が出来上がってしまうと、否定しか出来ない。俺もいっても思春期のクソガキなのだ。

そもそも俺達は本当になんでもない。ただ一緒に遊んでいるだけ。


「じゃあ、天見(あまみ)君が日生さんの事を好きなんだ!」


「「やるー!!」」


一気に周りのテンションが上がるのがわかった。

本音を言えば、『うざい』その一言に尽きる。


「だから違うって……」


「じゃあ、日生さんが天見君を好きなんだ」


「「「ヒューヒュー!!」」」


標的を逃さんと、皆が色めき立つ。


「……」


藍は否定も肯定もせず、ただ真っ直ぐに周りを見つめる。

あの頃の泣いているような弱々しい姿ではなく、芯のある強い足取り。

それに比べ、俺は何ともおぼつかない。

羞恥と共に俺の中で湧き上がる感情があるが、それの存在に当時俺は気づいてなかった。

いや、気づいていたのかもしれない。ただ、誤魔化したかっただけなのかも。


周りから聞こえてくる奇声や雑音をシャットアウトして藍の事を視界に捉えながら思考する。

恥とか建前とかそういうのを一旦おいておいて、シンプルに俺がしたくないこと。

その時、思考に掠めるのはあの日の藍の姿。泣いている様に見えた、思わず目を惹かれたあの姿。

考えるまでもなかったことを今度は明確に理解する。


「ここでキスでも見せてくれんのか」


「「「おおぉぉーー!!」」」


俺の落ち着いた頭とは反比例して、周りの熱は一向に冷めない。

煩い雑音と鬱陶しい重圧を消し去るように声を発する。

言葉は自然と湧いて出た。


「うざい、煩い」


シンプルな言い回しに周りが一瞬静けさを思い出す。

統一性のあった感情も次第に、困惑、怒り、焦りと様々な形へと変化していく。

所詮、烏合の衆。当然の結果だ。

文句も俺達、いや、俺に向けて飛んでくる。

お前らに言われたくないとかそういう考えよりも冷めている思考。


「もういいや……お前らは要らない」


俺のとった選択は完全なる拒絶だった。

交流のあった奴ら。いや、藍以外の人間との決別。

どんなことがあろうと藍との関係に口出しされたくなかった。それだけが嫌だった。

大袈裟に言うなら、その他大勢を失うより藍を失う方が俺は嫌だった。

藍の手を引きながらその悪意の癌細胞の様な集団から抜けていく。

その日その後、藍がどんな表情だったのか俺は知らない。



◆◆◆



冷めているとか冷静とか思っていたが、そんなことはないことを次の日思い知らされた。

寝て起きると後悔の渦。やってしまったという感情のみ。


「うあぁ…………やらかしたな……」


黒歴史にもなりそうな逆上せた思考。どこか冷静だったのか教えてほしい。

完全に頭にきて、売り言葉に買い言葉。

そもそも、その後藍とも話してないし……。俺、終わったんじゃね。

あの勢いは完全に消え去り、独り善がりな考えに悶えるしかなかった。


表向きは堂々と胸張っていたが、正直帰りたい。

歪めそうになる顔を必死に作りながら教室のドアを開ける。

ざわめきに包まれていた教室が視線がこちらに飛んでくると共に静寂に包まれる。

ですよねーと、心でエアーツッコミを入れながら自分の席に腰掛ける。


「はぁー……」


溜息しか出ない。

思わず悪態をついたがそんなことを俺は望んでいなかった。

普通に周囲に溶け込んで、平凡な日常を歩みたかった。

結果だけ見てみれば、「何いってんだコイツ。そんなつもりないだろ」と馬鹿にされてもおかしくないと自覚はある。

けど、実際本当にそう思ってた。

取り返しのつかない現実に絶望しながら圧力に負けそうになりながらも、あの時の選択は後悔していても間違っているとは微塵にも思わなかった。




「どうするか……」


周りに人がいなくなったことは、開き直って逆にもう慣れるしかないと考えられるようにはなった。

というか、直接的な嫌がらせやいじめに発展しなかっただけでもよかったといえる。

なお、俺の不安は続く。

この現状は受け入れた。しかし、藍に拒絶されたらどうしよう、そんな思考ばかりが渦巻く。

完全にクラス、学校で浮いた存在である俺を拒絶することも当然といえば当然である。

独り善がりで藍を守ろうとして藍に拒絶されるとか、笑えないというか、ある意味もう爆笑された方がいっそマシかも知れない。

いや、それはそれでキツイな。

気持ち程度の頼りない覚悟を携えて、来てほしいようで来てほしくない雨の日を待った。

残念ながら普通に藍に話しかけるメンタルは俺にはない。


4日程経った頃だろうか、朝から雨が降っていた。


「雨降ってよかったね」


「……」


俺の悩みなんて露知らず、楽しそうに話しかけてくる母親。

藍とあの関係になってから、度々言われるようになった。

あと、無駄に天気予報を見るようにもなったな。

そんなしょうもないことを考えながら学校へと向かう。

まるで俺の心模様みたいだなと空を見上げていた。

雨の影響で空気がジメジメしていたが、俺の周りだけひどかったのは気の所為ではないだろう。

当然のことながら授業などに集中できず、だからといって何もしていないと最悪の結末だけが思考を埋め尽くしていく。

だから、俺は無駄に教科書の片っ端から問題を解いていき、どこまで解けるかという謎の行為に身を投じていた。


授業が終わり皆が気を緩める中、一人で強張っていた。

不審に思われようと誰にも話しかけられないんだ関係ない、と落ち着くまで自分の席で瞑想する。

意を決して立ち上がり、鞄を持って藍の席の方へと目を向けると目を丸くした藍と目が合う。

横を通り過ぎる俺に同調するように藍も立ち上がり、俺についてくる形となる。

いつものこのパターン。そのことについニヤけそうになるのを必死に堪える。

結果的に心配は杞憂で終わった。

何事もなかったかの様にいつもどおり藍は当たり前にやってきた。

色んなものを俺は失った代わりに、特別で大事ななにかを手に入れられた気がした。

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