第3話

 隣に立つ先生の手を握るかどうか考えているのが心が頭か分からなくなるぐらい迷ってるうちに、エレベーターは昇り切る。開いていく扉から外に出た。初めてのときと違って警戒レベルを大幅に下げてしまった先生はもう部屋に着くまで廊下を見渡して周りを気にする様子は無くなってた。人はいないと鷹を括ったのか私の手を握る。

不意にこれはフィクションなのかもなんて思う。先生と手を繋ぐ夢。周りの景色はぼやけて忘れてしまうけど、先生の手の暖かさと感触だけが染み付いてなかなか取れなかった。私の1歩前を歩くストライプスーツの背中が愛おしくて抵抗なんてできない。don'tじゃなくてcan'tなの、そこだけ分かって欲しかった。鍵を回してドアが開いて2、3週間後にもきっと同じ動作を繰り返す。私は先生が無造作に置いたスマートフォンに触れたりなんてしない。いい子ちゃんのままベッドに腰かけて先生を待つ。勇気をだしてドアを開けて駆け出してしまえばこっちの勝ちなのに。実際そんな勇気は出ないし体も動いてくれない。でも1回だけ、本当にたった1回だけ先生のスマートフォンの電源を付けたことがある。先生は私の居ないところで誰にどんなメッセージを送ってどんな検索履歴を残してるのか。私の知らない先生が知りたくなった。どうせロックがかかってるから見られるのはトップ画面と溜まった通知だけ。またいつもみたいに放り出されたスマートフォン。あの日は青いネクタイだったかもしれない。白いシーツの上に放られて、羽毛布団にスマートフォンが沈んでいた。先生がお湯を張るためのお湯が流れだした音が聞こえる。私は先生のスマートフォンと添い寝するみたいに隣に倒れ込んだ。手の届く場所にあったから、先生のトップ画面が何か気になったから、まだ元カノとの写真なのか確かめたかった。りんごのマークを裏返して側面のスイッチを押した。待ち受け画面は、虹色に光る観覧車と動きはしないただのオブジェに成り果てた船の写った夜だった。先生は私が思うより普通でつまらない人だった。気づいてしまったあの日から先生へのフィルターが外れてしまった。それでも何も知らずに先生をキラキラした気持ちで見つめられた頃に戻りたくて私は今も惰性で彼に抱かれる。これが永遠じゃない事を祈ってベット傍のライトをピンク色に変えた。照明板の隣に置かれたコンドームが2枚並んで影が落ちる。先生はまだ出てこない。出てこなくていい。

もう少しだけ、ひとりでいたい。

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