第37話

回向


 転がり出た先は、薄暗がりの中に、何か廃物が置き去られている空間だった。

 そこへ、一角からさっと光が差し込む。

光の中に現れたのは、先ほどまで器を運んでいたのと全く同じ出で立ちの者たち。

 彼らは、私たちを両脇から抱え込む。

そして、有無を言わせず、部屋の外へと引きずり出す。

 引きずり出された先は、照明にまぶしく照らし出された一本の真っ白い道。

 それは継ぎ目のない光に映し出された目もくらむほどの回廊。

 私たちはおぼつかない足取りのまま、先へ先へと連れ去られる。

 と、突然、回廊がゆがみ、放り出されたように大きな空間に足を踏み入れる。

 途端に私たちを引きずっていた者たちが、両脇からさっと離れる。

 そこへいきなり四方から水しぶきが降り注ぐ。

 訳も分からぬまま、再び濡れ鼠になる私たち。

 と、唐突に吹き付けられる水が止み、空間の一角がパッと口を空ける。

「衣を脱ぎ、その中へ入れ」

 先ほどのと同じ声が、私たちに命ずる。

 言われるがままに服を脱ぐ私。

 女は、一瞬、逡巡するが、あきらめた風に着衣を脱ぎ捨てる。

 露になる女の裸身。しかし、明るすぎる光の中で、その輪郭はぼんやりとかすんで、ひどく眩しい。

 私たちは、空間に切り取られた一区画に足を踏み入れる。

 入るのを確かめたかのように音もなくすっと閉まる開かれた口。

 そこは、脱衣場のように壁際に棚が設えられた小部屋。

 区切られた棚には、折りたたまれたタオルと、衣服と思われるものが置いてある。

 私たちはタオルを手に取り、濡れた体をぬぐうと、頭からすっぽりと被るように出来た質素な衣服を纏った。

「そのまま先へ進め」

 小部屋の先には、細い暗い廊下が続いている。

 私たちは、見えない声の誘うままに歩を進める。

 廊下の先には、厳重に閉じられた重厚なドアが一つ。

 目の前に立つとそのドアがいともあっさりと内側に開く。

 中は、さらに薄暗い照明に照らされた、広く四角い部屋。

 部屋いっぱいに小さな机が並び、その上に明滅する光の窓が幾重にも並んでいる。

 その一つ一つに人が向き合い、何かを真剣に目で追っている。

「こちらへ来い」

 先ほどから聞こえていた声が、その机の列の向こうから呼びかけてくる。

 目をやると、一段高くなったところに設えられたこちら向きの机の向こうから、一人の男が鋭い眼差しを向けている。

 頬がこけ、髪を短く刈り込んだ、鋭角的な、今にも挑みかからんばかりのその男の顔を見て、私は突然何かを思い出しかけた。

 胸の奥で大きな鼓動が一つ、私の胃袋を突き上げる。

 何だ…?

 私はその動揺をぐっと飲み込むと、まっすぐその男の顔を見返した。

「久しぶりだな、よく…生きていたな」


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