第32話
砂の宝
塔を出たのは、私たちが最後だった。
出口は、塔の中ほどの部屋…。
どこにも扉などないように見えたその部屋には、どうやら、壁にぴったり収まった隠し扉のようなものがあったらしい。
あたりは変わらずに淡い闇に覆われている。
見上げれば、淡く星が瞬き、そこにあるはず太陽の輝きは、どこにも見当たらない。
ただ、天空の縁に、光の輪に覆われた黒い皿が二つ、頼りなげに浮かんでいるのが見えるだけ。
太陽が覆い隠されている…
塔は、根元をすっかり砂に覆いつくされ、入って来た入り口は既に埋もれてしまってどこにも見えない。
押し寄せ、積もった砂は、まだやわらかく、人々はあぶなっかしく足を取られながら、砂の畝を上っていく。
砂の舞う埃っぽさは、おおむね収まっている。
人々は、既に誰も仮面をつけていない。
皆、憑かれたように斜面を上る。
私たちも後に続く。
盛り上がった砂の小山の上。
人々はそこに跪いて砂を両の手で掬う。
そこにはきらきらと輝く砂の粒が…
ある者は掬った砂を吟味するようにしげしげと見つめ、また、ある者は何回も何回も掬っては捨て、また掬っては捨て、嬉しげに同じ所作を繰り返す。
うきうきとした雰囲気があたりに漂う。
どこからともなく楽の音が聞こえてくる。
岸辺の向こうから、楽隊が近づいてくるのが見える。押し寄せる砂を避けて、高台にでもいたのだろうか。
やがて小山のふもとに辿り着く楽隊。
その後ろにつき従っていた男たちが、列をなして小山を登ってくる。
手に手に道具を持ちながら。
男たちは小山の頂に着くと、回るく円を描いて歩き出す。
その中心には、一人の仮面の者。
いつの間にか、周りにいた人々は、また仮面をつけて佇んでいる。
道具を持った男たちの描く円は次第に狭まっていく。
けれど、その中心の仮面の者は、微動だにしない。
円は狭まるにつれて、二重、三重、四重になっていく。そして、遂に仮面の者は、その男たちの円に飲み込まれる。
それを合図にしたかのように、男たちは、歩くのをやめ、内側の円にいた者は一斉に砂を掘り始める。
掘った砂は、その外側の円の者に手渡され、それが、またその外側に…
その作業のなんと手際の良いことか。
そして、驚くべきことに、最後の円の者たちの手に渡る物は、その最後の円を一周するうちにみな金色に輝く粒に…
それを、待ち構えていたかのように、仮面の者たちが、順に、携えている小袋にその金の粒を大事そうに仕舞い込む。
延々と繰り返されるその作業…
まるで、それは儀式のように。
やがて、不意に男たちの作業の手が止まる。
そして、男たちは、また、元のように円を描いて歩き出す。
その円は次第に広がって、一つの円となり、その端が切れて、列となって斜面を下っていく。
その後には、無残に踏みしだかれた色鮮やかな衣服が一つ。
それは、円の中心にいた仮面の者がつけていたもの。
仮面の者はどこに…
けれど、周りの者は誰もそれを気に留めるふうもなく、手にした小袋をそれぞれに押し戴いて、男たちの後を追うように、小山のふもとへと降りて行く。
そこには、既に、輿が用意され、楽隊は再び楽を奏で始めていた。
気がつくと、東の空が薄紅色に染まり始め、ほどなく、三つ子の太陽の三番目が、足早に空に駆け上がってくる。
それを待っていたかのように、覆い隠されていた二つの太陽も、その黒い影の裏から、弓なりになって顔を覗かせ始める。
あたりは見る間に昼の明るさを取り戻す。
目にした出来事を理解しかねてただ佇む私たちのことなど、一向に構うことなく、行列は、砂の小山の縁を市都に向かって進み始める。
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