第31話
海嘯(かいしょう)
私たちの目にしたもの。
それは、未だかつて見たことのない、押し寄せる砂の波…迫り来る砂の塊だった。
地響きを立てて、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる砂の壁。
仮面の人々は、それまでとは打って変わって、歓声を挙げ、迫り来る砂の様子に小躍りする。
やがて、砂は、岸に近づき、地響きは立っていられない程、激しくなる。
その時、私たちの耳元で囁く声がする。
「目を閉じていなさい、しっかりと、私がいいと言うまで」
私たちが目を閉じると、時を置かず、凄まじい振動が塔全体を揺るがした。
回りの人々の歓声は一際高まる。
中には、大声で笑っている者までいる。もっとも、その声は仮面の下で低くくぐもってはいるが。
しかし、私たちには何が起きているのか分からない。
ただ、ひどく埃っぽい…というより、むせ返るような熱い空気が頬を打ち、喉を焼く。
息苦しくて、床に這い蹲らずにはいられない。
どれほどの間、地響きが続いただろうか。
ずいぶん長いように感じられた…しかし、それほどでもなかったような気もする。
私たちは床に突っ伏したまま動けない。
むっとする埃っぽい空気は変わらず、その中で人々の歓声が続いている。
その歓声が次第に治まり始めた頃、再び耳元で囁く声が…
「目を開けて、見なさい」
私たちは、そっと目を開け、ゆっくりと体を起こす。
あたりは相変わらず埃っぽく、その煙った中で、人々が三々五々集まり、頭を寄せ合って何事かを語り合っている。
仮面をつけている者、はずしている者…
隊列を組んでこの塔にやって来た時の奇態な様子は既にない。
私たちは、窓辺に歩み寄る。
相変わらず薄暗い中、押し寄せた砂の波は、塔に切り裂かれるようにして、二手に分かれ、岬の縁(へり)に沿って岸辺に扇方の小山を形作り、留まっている。
不思議なことに、その小山の頂が、チラチラと無数の小さな輝きに覆われているのが見える。
塔の窓辺に集まった者たちは、その輝くものの様を見、顔に笑みを浮かべて言葉を交わしている。
やがて、人々は、塔を下り始める。
私たちを気に留めるふうも見せず、一人、二人…
残されたのは、私と女、そして、私たちに声をかけた、その顔に幼さを残した娘…
「あれは、私たちの宝。命の糧の砂」
娘は私たちを見ることもせず、そう言うと、階段を降り始める。
そして、降りる娘の頭が床の縁に隠れんとした時
「ついていらっしゃい」
細い静かな声が誰もいない部屋の底を渡ってくる。
私たちは、今一度、窓からきらめく小山を見やると、ゆっくりと階段に歩を進めた。
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