第29話
高貴なる者
明け方を迎えた。
三つ子の太陽のうちの二つが、順に、空に駆け上がる。最後の一つは朝寝坊、昇ってくるにはまだ少し時間がかかる。
夜明けを待ちかねていたかのように、市都(まち)にはあっという間に人が溢れ、港は活況を呈し始める。
この島(くに)の人々は、殊のほか朝早くから働くのを好むのか…
どうやら、そうではないらしい。
街路には、そこかしこに賑やか装飾が施され、建物には、色とりどりの幟が掲げられている。
道行く人も、昨日より、また一段と鮮やかな色合いの衣服を身に纏い、往来を行き来している。
市都全体が浮き立っている。
何やら祝祭の気配…
物売りの声が喧しく響く中、やがて、この地には珍しい楽の音が、何処(いずこ)からか流れてくる。
高く低く震えるようなその音色は、静々と、市都の空気の中を、少しずつこちらに近づいてくる。
音のする方に目を向けると、往来の人波が左右に割れ、その波頭の向こうから、輿に乗った人の列が、楽隊を引き連れて、練り歩いてくるのが見える。
その衣装は、市都の人々のそれより、さらに色鮮やか。
他を圧するばかりの装い。
きらびやかなその一段は、ゆっくりゆっくりと私たちの目の前を通り過ぎる。
輿に乗っているのは、薄衣(うすぎぬ)に幾重にも色を重ね、波打つように意匠を凝らした艶やかな服に身を包んだ男とも女ともつかないほっそりとした人々。
そして、何より、特異なのは、輿に乗る者だけ皆、仮面をつけていること。
目のところにだけ、弓なりの線が切ってある白一色の薄光りする面。
高貴さと底知れぬ不気味さを併せ持ったその出で立ち。
道行く人々は、一様に押し黙ったまま、頭を垂れる。
列は私たちの前に差し掛かる。
楽の音が往来を圧倒する。
と、突然、その音が、ぴたりと鳴り止み、行き過ぎんとした隊列が、ザザッと音を立てて立ち止まる。
何が起きたか分からぬまま、ぼんやりと輿を見上げている私たちの方を、一人の仮面の人物が見下ろしている。
頭を垂れていた人々も、何事かと顔を挙げる。
やがて、その人物は、その顔から、ゆっくりと仮面を外す。
往来に佇んで行列を見守っていた人々は、一様に驚きの声を挙げ、ざわめき立つ。
仮面の主は、うら若い、まだ子供の面影を残した、抜けるように色の白い女性。
彼女の、その取り澄ました表情からは、何も窺い知ることができない。
娘は、私たちをじっと見つめると、一言こう言った。
「ついて来なさい」
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