第28話

知識を食らう者


 子供らは、ばらばらと私から離れていった。

 踊りかかってきた黒い影も部屋の暗がりの中に消えて行った。

 少し離れたところに、ぼんやりとした人影…それは女のシルエット。

 女は私に近寄ると、手を取って、その部屋から私を連れ出した。

 前日通った部屋を順に抜け、私たちは建物の外に出る。

 外は、まだ夜更け。空には月はなく、星明りだけが街路を照らしている。

「あそこは退避壕(シェルター)だった」

 女がぽつりとつぶやく。

「退避壕(シェルター)?」

「子供が大人になるために隔離される場所…まだ、あんなところがあったなんて」

 女は、月明かりの下、歩きながら、私に説明する。

この地では人の寿命は長い。

 特に山人は長く生きる。

 だから子供はそれほど大切にされない。

 もとより子供自体がそれほど多くない。

 多くの場合、子供は子供だけで集団(コロニー)を作り、そこで暮らす。

 年長の者が年下の者の面倒を見る。

食べ物だけは、市で好きなだけ手に入れることが出来る。

そういう決め事になっている。

子供は集団(コロニー)で互いに学び合い、成長し、やがて、そこを巣立つ。

集団(コロニー)を出るときは、概ね一人前になっている。

ところが、中には、それだけでは物足りない者たちがいる。

そういう者たちは、仲間内だけで、密かに結社を作る。

表向きは普通の集団(コロニー)を装いながら、その実態は、知識を貪り食う貪欲な獣に身をやつす。

その獣が巣食うところ、それが退避壕(シェルター)…

文字通り、知識を貪る…

知識を持つ者を、食う輩…子供。

 食べることは、単なる忌まわしい儀式であるようであって、そうではなく、本当にその食した者の知識が身につくと言い伝えられている。

 私たちは…いや、正しくは、私は、図らずも、危うくその餌食になるところだった。

 女は…その生まれか、それとも別の何かかが、子供らにその身を餌食とさせない力を放っていたのだろう。

 その証拠に、女の一声が、子供らを、そして、黒い影を静めたではないか。

「あの踊りかかってきた黒い影は何者だったんだろう」

「あれは…あれは、大人になりきれない、ただの獣の成れの果て…」

「大人になりきれない獣…?」

 女は私の方を見て、ふっと笑う。

「私も同じようなもの…」

 それきり、女は黙ってしまう。

 私たちは、星明かりの下を港に向かって歩き続けた。



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