第13話

『砂人』


自分を「砂人」と名乗った女は、私から少し顔を背けたように見えた。

「砂人」は言葉を話さないと教えてくれたのは、ほかならぬこの女だった。

では、なぜ…

暫くの沈黙のあと、女がぽつりぽつりと語ったのはこんな話だった。

女はこの王宮で生まれ、育った。女は王の側近や侍従の者に囲まれ、何不自由なく暮らした。けれど、女は自分の出自が何であるかは知らなかった。自分の親が誰であるかを。

しかし、やがて女は成長し、それを知ることとなる。

女の母は「砂人」だった。たまたま港の市で売れ残り、宮殿に庇護された「砂人」の一人だった。「砂人」の大人は、男も女も、売れ残るということは、まずないことだったから。

かねてより「砂人」を人と考えていた王は、そこで一つの試みを行った…

そして…女が生まれたのだった。

「…では、あなたは王の子?」

 女は黙って頷いた。

「ならば『砂人』ではない」

 女は、また曖昧な笑みを浮かべる。

「いいえ、私の体『砂人』そのもの」

 確かに女は、華奢な「山人」より「砂人」に近い体つきをしている。

「しかし、言葉を話すことが出来る」

「それは、『山人』の中で育ったから」

「『砂人』も訓練しだいで『山人』と同じように話せるということか…『砂人』も『山人』も同じように『人』だということか。何よりあなたがこうして生まれたということは…」

「同じように『人』かも知れないし、そうでないかも知れない。それは、まだ分からない」

 女はそこで言葉を切り、じっと私を見つめる。

「あなたがこうして話すことが出来るというのは、『砂人』も『人』だという証拠の一つになるかも知れない」

 私…私は「砂人」なのだろうか…

 私はふと思い出す。

「船に…『砂人』を捕らえてくる船に乗り組んでいる者たちはどうなんだ?彼らは一言も喋らなかった。彼らも『砂人』なのか、それとも…」

「あの者たちが何者なのかは誰にも分からない。彼らは決して船から降りず、何一つ語ろうとはしない」

曖昧な「人」というものの定義…

私も…私も何者でもないのかも知れない、船に乗り組んでいる者たちのように。

それとも、私につけられた名前のとおり「存在(コリコ)しない(ロフトハ)者(ロ)」…本来ここには「存在」しない者なのだろうか…


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