第12話

『山人』


山城で暮らすようになってずいぶんと時が流れた。

私は、日を追うごとに言葉も上達し、すでに日常の会話ならある程度こなすことが出来るようになった。

 おかげで、いろいろなことが分かってきた。

 砂の海に住む者と港に住む者との違い。山城の人々。そこでただ「養われている」者たち。そして、私のこと…

この土地には、極端に水が少ない。見渡す限り広がっているのは砂の原。そこで水を得る手段は、砂に口を開けたうろ(・・)から人の手で汲み上げることだけ。

砂の原に住む者たちは、砂の中に棲む「魚」を獲って食べ、うろに降りて水を汲む。

その者たちは「砂人(フトルフルロロ)」と呼ばれている。

それに対して、港に住む者は「山人(フトフルリフルトロ)」と呼ばれる。

どちらもともに「人」と呼ばれるものだけれど、それぞれは異なる生き物、少なくとも違う種族であると思われている。

「砂人」は「山人」に比べて体が大きくがっしりとしていて、反面、あまり多くのものを口にしなくても生きていける。そして、「砂人」は、あまり集まって暮らすことはなく、それぞれが個々に、砂の上で、一つところに留まることなく暮らしている。一方、「山人」は、砂の原に浮かぶ島――聳え立つ峰の麓に集まり、港町を形作ってそこで生活する。

けれど、何より大きな違いは、「山人」は言葉をしゃべるが、「砂人」は何一つ言葉を話さない…ということ。

だから「山人」は「砂人」を「人」だとは思っていない。知能の高い「動物」とでもいうように扱っている。

それが証拠に「山人」は砂の原に船を出し、「砂人」を捕らえては連れ帰る。「水汲み」の使役をさせるために。

「砂人」は生きるために自ら「水汲み」をする。捕らえた「山人」は、それをただ利用する。

「砂人」はどこで暮らそうが、砂の原に開いたうろから水を汲まなければ生きていけないから。

そして、私は…私は、どうやら言葉を発する「砂人」として珍しがられているようだった。


私は女に…「ハルバルレラロンニ」と名乗った女に尋ねた。

「ここにいる『砂人』は、なぜ水汲みの使役に…うろに降りて水を汲むのに使われない?」

女は答える。

「ここは王の宮殿だから。王は慈悲深く、『砂人』もまた人として暮らせるように計らっているから」

 王の宮殿…

「だが、ここにいる『砂人』は子供と年寄りばかりだ。水汲みするだけの力がないのではないか。だから、港の競り市でも売れ残ったのではないか?」

「そう、そのとおり。だからこそ、その弱い者を王はお助けになる」

「なら、すべての『砂人』を助ければいい」

 女は、ふっと曖昧な笑みを浮かべて、そして言う。

「それでは、水を汲む者がいなくなる」

「しかし、王は『砂人』も人と考えているのではないのか?」

「…水を汲む者がいなければ、誰も生きていけない…」

 私は何か釈然としない。

 「砂人」が人でないというのなら、命がけの水汲みの使役をさせるのは、「砂人」も「山人」もともに生きていくためにはしかたのないことなのかもしれない。

 けれど、「砂人」を人として慈悲深く扱おうというのなら、「砂人」だけに水汲みさせるのはおかしな話ではないか。

もっとも、その「王」の「慈悲」のおかげで、私はこの「王宮」でこうして暮らしていられるのだけれど。

私はまた尋ねる。

「王はどこにおられる?」

「宮殿の奥、白の広間の向こう」

「私があなた方と初めて出会ったところか?」

「そう。その奥にいらっしゃる」

「あなたと初めて会った時にいた人たち…金飾りを付けた男や、それから女…あれは王の縁(ゆかり)の人か?」

「飾りを付けた男たちの一人は王宮の警護の長、もう一人は王の側近の者。女の方は…お后様」

 お后…

「では、あなたも王の側近?」

「私は…」

 女は、そこで口ごもる。そしてまた曖昧な微笑みを浮かべると言った。

「私は、あなたと同じ…『砂人』」


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