第11話

レッスン


その後、小さな寝台が運び込まれ、私はその部屋で寝起きすることになる。

そして、日がな一日、大柄な女とお互い意味の分からぬ言葉をやりとりして過ごすことになる。

朝起きてから夜寝るまで。食事の時も女は私の傍らにいる。

といっても、私の世話を焼くという訳ではない。一方で、これといって言葉の教授をするということもしない。もちろん行動を束縛する訳でもない。

召使でも教師でもお目付け役でもない。いうなれば「話し相手」。

女は何か言うたびに微笑みを返す。

つられて私も言葉を返す。

そうこうするうちに、言葉は分からずとも、お互い言わんとしていることが、何となく伝わるようになる。

そして、ほどなく、いくつかの単語が理解できるようになってくる。

そこから、簡単な会話に発展していくのに、それほど時間はかからなかった。


私たちはよく庭園を散策した。

女はそこに生える植物の名を私に言う。私はそれを繰り返す。「パンタスカルニアウ」「オクロティカモルンクフフ」「ペペロジュロネスケムイコツム」… 

私にはどうにも発音しづらい名前が並んでいる。

そして、女は自分のことを身振りで指し示してこう言う。「ハルバルレラロンニ」

それが女の名前。本当にそうなのかどうかは知らない。しかし私にはそう聞こえる。

 女は私にも名前を問う。

私の名前は…名前は…

意識は、はっきりしている。けれど、記憶がまるで定かでない。名前、年齢、出自(うまれ)、ここがどこなのか、なぜここにいるのか…。

女は、答えられず口ごもる私に曖昧な笑みを返すと、しばらく考えた後、ニッコリ笑って「コリコロフトハロ」と言った。

それが、私の名前となった。といっても、誰にその名を呼ばれる訳でもなかったが。

そして、その意味するところは「名も無き者」または「空人(からひと)」…存在しない者、ということだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る