第14話
子供
砂人たちと寝起きしていた大広間を出てこちら、この山城…王宮では、あまり人に出会わなくなった。
ほとんど人の声もしない。
もとより王宮に住む者が少ないのか…王とその一族と警護の者、そして王の「慈悲」で砂人の世話をする山人だけしか、実は王宮にいないのではないか。
私は、峰の頂に面したこの小部屋に移されて以来、実際あの女の声しか聞いたことがないような気がする。
ある朝、いつもなら朝食時に私の所にやってくる女が来ない。
目覚める前にいつも枕辺の机に置かれている朝食を、独り済ますと、私は窓辺に寄り、外を覗いた。
頂に続く斜面は朝日に照らされ、荒れ果てた素肌を晒している。
三つ子の太陽のうち二つはまだ昇っておらず、あたりはそこはかとなく薄ら寒い。
目を上に転じると、白い輝き…薄っすらと白い固まりが斜面に張り付くように横たわっているのが見える。
私は、今まで一度も、王宮より上に行ったことがない。山肌に横たわるその白く輝くものを間近で見てみたい。
そう思った私は、窓枠に足を掛けると、思い切り足を蹴り、外へと飛び降りた。
頂へ至る斜面は足がかりもなく、崩れやすい山肌が急な傾斜を形作って続いている。
まっすぐには登れない。
私は、振り返り振り返り、王宮から見咎められていないのを確かめながら、斜面を斜めに峰の周囲を巡るようにして登り始めた。
歩みは遅々として進まず、すぐそばに見えた峰の頂へは一向に近づけない。
気がつけば、山肌を半周して、宮殿の建つ斜面の裏へと回り込んでしまっている。
峰の裏側には日は当たらず、思いの外肌寒い。
私はそこで頂に続く道を見つける。
道は、小刻みに行きつ戻りつしながら斜面を登り、横たわる白い固まりの中へと分け入っていく。
振り返り見下ろせば、斜面は何一つ遮る物もないまま、砂の海へとまっすぐに下っていく。足下の小石が一つ斜面を滑りそのままどこまでも転がり落ちていく。
私は再び目を転じて見上げる。すると小道を一人降りてくる者が見える。
何かを抱えて、ゆっくりゆっくり降りてくる小さな人影。
それは、やがて一人の子供の姿になる。
両手で桶に渡した紐を持ち、一足一足滑り落ちないように足を踏みしめながら、いかにも危なげに斜面を下ってくる。
子供は桶と足下をじっと見つめながら歩くのに精一杯で私に気がつかない。
桶の中には何が入っているのだろう。
私は少し離れたところを無言で行き過ぎようとする子供に声をかけずにはいられない。
私の声に、子供は驚き、顔を挙げ、その拍子に滑って転んだ。
転びながらも、子供は桶を放さない。手を突いてわが身を守ろうとはせず、滑って後ろ向きに地面に倒れ込みながら、桶を倒さぬようにするがごとく、必死になって手を突っ張り、桶に渡した紐を桶もろとも天に突き上げる。
けれど、桶からは何かがどさりとこぼれ出て、そして斜面を滑り落ちていく。こぼれ落ちたのは白い固まり…
それは、氷の固まりだった。
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