第8話


 私を取り囲んでいた者たちの驚きようといったら…

 マスクを被った者たちは、飛び退かんばかりにして伸ばしかけた手を引っ込め、金飾りの男は、その目を大きく見開いたまま立ち尽くした。

 ややあって、金飾りの男は、気を取り直した様子で、それでも、暫く思案の後、何やら私に言葉をかけた。

しかし私には分からない。

私は男の顔を見つめ返した。男も私の顔をまっすぐ見返す。

もう一度、男は私に言葉をかける。

「悪いが、何を言っているか分からない」

 私は静かにそう答える。 

男は私をじっと見る。そしてそのまま踵(きびす)を返すと、それと分かる仕草で私に後(あと)に着いてくるように示して、広間を出ていく。

 このまま得体の知れないマスクの者たちに囲まれてじっとしていたところで、事態が好転するとは思えない。私は、男の後について広間を出る。後にはマスクを被った者たちが、所在なげな様子で無言のまま残されていた。


金飾りの男は、広間を出るとこれまで私が入り込んだことない回廊…この山城に来て初めて目にする建家の中の通路を、先に立って歩いていく。

男の歩みは速い。普段、ここで養われている…そう、正に彼らに養われていると思われる私たちのような者とは、明らかに歩く速さが違う。

 男は時折振り返ると、私が付いてきているのを確かめ、また足早に歩き続ける。

 それは、まるで、私の歩みを…速く歩けるのかどうかを確認するかのように。

 男の後を付いて歩きながら私は思っていた。

 なぜ、今まで声を出すことをしなかったのだろう。

覚えのない砂の原に投げ出されてこちら、喋るなどということは…誰かに話しかけられるなどということは、まるでなかった。

 何より、砂の海では、乾きから喉が焼け付いていて、声など、もとより出すことが出来なかった。

それが、この城に連れてこられて、曲がりなりにも衣食足る穏やかな生活を続けているうちに、体は回復し、ぼんやりとしていた頭もはっきりとものごとを考えることが出来るようになっていた。

 もっとも、砂の海原で意識を取り戻すそれ以前のことは、相変わらず思い出すことができなかったのだけれど。


やがて男は回廊を抜け、再び白壁に囲まれた別の広間へと入っていく。

 今度の部屋は先程のものと比べ、幾分上品に小振りである一方、天井が遙かに高く、それが何の装飾のないことと相俟って、一層その壮麗さを際立たせている。

 男は振り返り、私に言葉を発すると同時に身振りでそこに待つように指示し、部屋を出ていく。

 しんとした広間に、男の去っていく微かな足音が木霊する。

 


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