第7話
宮殿
足下に遥か遠く砂の海を見下ろし、峰の頂を眼前に臨み佇む壮麗な屋敷…土壁に囲まれた城の中は、思いの外広く、清楚でいながら、どこか明るく華やいだ気配が漂っていた。
砂の海はもちろん、市街、そしてさらにその上方、峰に広がる急な斜面には、草木とおぼ思しき物を一つとして見かけることがなかったが、この山城の内庭には、青々とした緑が、ふんだんに、丁寧に植え込まれ、美しい庭園が形作られている。
私たちは質素だが清潔な衣服を与えられる。
そして、そのまま何することもなく、そこで暮らすことになる。
しばらくすると、城の中には二種類の人間がいることが分かってくる。
もの言う人と、何も喋らない人。
衣装も違う。もの言う人は上等の極彩色の衣服。喋らない人…私たちは、地味な単色、形もみな同じ物。
私たちのように喋らない者は、何もせず、ただひたすら中庭で一日を過ごす。
男も女もいる。けれど、それは年老いた者か、子供。若い者は誰一人としていない。
肌の色、体つきを見るに、どうやら皆砂の海に暮らしていた者たちのよう。
ならば、私はどうしてここに連れてこられたのか。少なくとも私は老人ではない。まして子供という訳でも…思うに、砂の海に暮らす者たちに比べて体が華奢だったから。砂の海に暮らす者は、皆逞しい…日々の食糧が乏しいだろうにもかかわらず。
私たちは相変わらず喋らない。私たちの世話をする者も私たちには喋らない。
食事を与えられ、寝場所をあてがわれる。
食事は日に二回、少しの野菜と少しの肉、船の上で与えられた物よりだいぶ柔らかいパン…そして、具のないスープ。薄味で、量も少ない。水は、毎食ごとにコップ一杯。それ以上は与えられない。ここでも、水は貴重な様子。
私たちは、特に自由を束縛されない。
城の敷地…土壁の内側をどこでも好きなように歩き回ることが出来る。
きちっと食事を与えられ、それまで澱んでいた意識がだいぶはっきりとしてきた私は、足の向くままに城の中を見て回る。
城はいくつかの棟(むね)とそれを囲む庭園から出来ている。
私たち喋らぬ者は、日がな一日、庭園でのらりくらりと過ごしているが、もの言う人たちは、建屋の中で、優雅ながらもてきぱきと立ち働いている。
私が建屋の中を歩いていても、もの言う人たちは、さほど気に留めるふうもない。
建屋の中は多くの部屋で仕切られていて、部屋と部屋は隣り合い、通路というものがない。
部屋の中は美しい装飾が施され、鮮やかな色で埋め尽くされている。
行き交うもの言う人たちもまた美しく着飾っている。
部屋は何処までも続いていく。
私は来る日も来る日も城の中を歩き回った。
一つとして同じ部屋はなく、そこに施されている装飾も、また皆異なっている。
棟と棟の間はアーチで覆われ、そのアーチは、テラスの役割を担っている。
棟を越えるごとに部屋は大きくなり、その飾りは壮麗さを増していく。
私は棟を越えてさらに進んだ。
すると、他とは明らかに違う建家に入り込む。
今まで色に溢れていた室内は白一色に変わり、華美な装飾は一つとして見られなくなった。
建屋の中の人通りは絶え、静けさだけが辺(あた)りを支配している。
私は誰もいない大広間のような部屋の中を大股で渡っていく。
と、その時、背後で野太い大きな叫び声が挙がる。
振り向くと、そこには今までとは些(いささ)か異なる衣装を付けた男が、両足を踏ん張って、居丈高に私を指差し怒りの形相で睨んでいる。
男は、別室に向かって誰かを呼ぶような素振りを見せると、そのまま私に向かって素早く歩み寄ってくる。
近くに来た男の服には、他の者には見られない不思議な紋様の金飾(かなかざ)りがいくつも下がっている。それが歩くたびに、微かに触れ合い、音を立てる。服自体も、ずいぶんと着重(きがさ)ねされていて、一回りも体を大きく見せている。そのわりに、あまり重そうには見えない。
男は、私の傍らに立つと、また何か大きな声で言葉を口にする。
何を言っているかは分からない。ただ、私を厳しく問い質している様子なのは、その口調から察せられる。
やがて、別室から何人かの人が入ってくる。皆、揃いの厳つい衣装に身を包んで、室内だというのに何やら、マスクとも帽子ともつかないものですっぽりと頭を覆っている。
手には武器と思しき指物(さしもの)を携えている。
揃いの衣装で身を包んだ者たちは、金飾りの男の指図の下、取り押さえようと私を取り囲む。
そして、幾本かの手が私に向かって伸ばされ、正に、私の体を鷲掴みにしようとした、その時…
「やめろ!」
私の喉の奥から言葉が迸(ほとばし)り出た。
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