第6話

山城(やまじろ)


男は、私たちを伴って、また雑踏の中を進んでいく。

人混みは切れることなく、喧噪は頭の回りで渦を巻いている。

男は迷うことなく歩みを進める。

 大通りをまっすぐと。

 その先は、海辺を離れ、右手に見える峰へ向かってゆるゆると弧を描いていく。

道は峰の中腹へ向かい、立ち並ぶ家々の中を大きく蛇行しながら、遙か上方を目指す。そして、峰の中腹で途切れる家並みを残し、さらに斜面を這い昇ると、やがて、遠目にも色鮮やかに彩色されていると分かる建物に辿り着く。峰の頂にほど近く遥か彼方に佇むその流麗な様は、見上げる麓(ふもと)の市街からも、おぼろげながら伺い知ることができる。

しかし、男はその道を辿らない。途中で路地を曲がると、家々の軒下を掠めながら、狭い上り坂を進み始める。

 道はいよいよ狭くなり、上り坂は傾斜を増す。

 人々が日々の暮らしを営んでいる家々の裏口を垣間見ながら、ひたすらまっすぐに坂を昇るその道は、一歩一歩足元を踏みしめなければ進めないほど急になる。

そして、唐突に家並みの切れたその先は、とても二本の足だけでは昇りきれそうもない斜面を前に、そのまま長い階段へと繋がっていく。

 連なる家々はすでになく、気の遠くなるような上り階段が、峰の腹を昇っていく。まっすぐではなく、微妙に揺らぎながら、まるで糸のように、細く長い…

男は何も言わない。黙々と階段を昇り続ける。時折、年寄りが立ち止まりひどく苦しげに肩で息をする。私たちは、その度に少し休憩をする。

 振り向けば、港の町並は砂の海の岸辺に沿って帯のように建屋(たてや)を連ね、そしてその向こう遙か地平の彼方まで、淡く黄色にかすむ砂の原が続いている。


どれくらい昇ったのだろう。

 果てしなく続くかと思われた階段は、やがて、緩やかな昇りの小径へと姿を変える。その小径の先は、色鮮やかな建物へ…その建物は、峰を昇る大通りが至るあの建物。

小径は、建物を囲む緑に塗られた土壁(つちかべ)の裏手にある小さな門の前で途切れている。

 男は、門の扉を叩く。そしてさらにもう一度叩く。

しばらくして、小さな軋みとともに開かれた扉から、男が一人現れる。建物と同じに色鮮やかな衣装に身を包んだ男。それは、私にも市街(まち)の者たちのそれより一段上等のものに見える。

男たちは、二言三言、言葉を交わす。そして、門の中の男は、特別私たちを値踏みする様子もなく、私を連れてきた男に、金とおぼしきものを手渡す。

 金を受け取ると、男はその場に私たちを残し、昇って来た道をまた引き返していく。

 こうして私は峰に建てられた壮麗な屋敷…城に身を寄せることになる。



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