第5話
市都(まち)
遠く連なる砂のうねり。
その果てにぼんやりと浮かび上がる一つの峰。
次第に近づいて来るそのシルエットは、やがて、港を抱く大きな一塊りの市街になる。 砂の海から遥か聳え立つ峰の中ほどまで、何層にも渡って家並みが続いているのが見える。
港の端にゆっくりと澱(よど)むように漂い込んだ船は、岸辺から投げ込まれた何本もの縄に絡め取られるようにして、桟橋に横付けされる。
桟橋からは、様々な音が響いてくる。
人の声も聞こえる。
何を言っているのかは分からない。けれど、確かに人の話している声が幾重にも折り重なって聞こえてくる。
港は、人々の生きている気配に満ち溢れている。
けれど、船の上の者たちは相変わらず一言も口をきかない。
話せないのか、話さないのか…
やがて、桟橋から一人の男が乗り込んできて、拾われた者たちの数を数える。そして、桟橋にいる男たちに声をかけると、男たちは船に何かを積み込んでいく。それを見届けると、男は、拾われた者たちを引き連れて、また船を降りていく。
船に乗り組む者と桟橋の男たちの間に交わされる言葉は何もない。
私も男と一緒に船を降りる。
乗り組む者たちは、無言でそれを見送っている。
船を降りようとする素振りもない。
木の船で砂の海を滑る物言わぬ人さらい…
私たちは男に連れられて、市街に入る。
石畳の路傍には、露店が軒を連ね、売り手が道行く人に声をかける。
人々は鮮やかな色を織り重ねた着物を纏い、頭には丈の長い柔布(やわぬの)の帽子を被っている。 私たちは、ほとんど裸のまま一列になって街路を行く。しかし、誰一人としてそれを気に留める様子もない。
それは、ありふれた情景…
やがて石畳の道は大きな広場に行き当たる。
放射状に道の集まるその広場の中程には、木造(きづくり)の舞台が設(しつら)えられている。
舞台の回りには大勢の人がたむろしている。
私たちは、設えられたその舞台の上に誘(いざな)われる。
人々の視線が集まる。
人々の注意が舞台の上に十分に引きつけられたことを確かめると、私たちを引き連れてきた男は、おもむろに、大きな声で口上を述べ始める。
何を言っているのか。
身振り手振りを交えて、ひとしきりの説明を終えると、男は私たちを一人一人舞台の中央に立たせて、集まっている者たちに注意を促す。
それに応じて舞台下の者たちは、舞台に向けて手をかざし、何やら大声で呼び交わす。 この光景は…
私は、どこか遠くの方の記憶が呼び覚まされるような気がして、頭の隅を手探りする。
これは、競り市…集まった者たちが値を付けあって、品物を競り落としていく競売の様(ざま)。 私たちは、競り落とされる、その品物…正に人買い、人買いの市。
やがて、私たちすべての品定めが終わり、競り落とされた者たちは、それぞれの買い手の元へと引き渡される。私たちを引き連れてきた男と取り交わされる何か…それは、金。 舞台下に集まっていた者たちは、三々五々その場を離れていき、残されたのは、私と子供、年寄りが一人、そして、私たちを引き連れてきた男。
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