第4話

井戸


 船は照りつける日の光の中を進む。

 乾ききった空気。与えられる水は極わずか。

 意識はいつもどんよりと熱の底に沈み、心に何も語りかけようとはしない。

 喉がひりひりと焼けついていく

 水が欲しい…

 

突然、船に乗り組む者たちが活気づく。

舳先を見やると、砂の波の中に黒く口を開けたうろが覗く。

船はそのうろの端に音もなく留め置かれる。

 船に乗り組む者たちは、うろを覗き込む。

 そして、拾われた者の方を黙って見つめる。

 すると、その中の一人がゆるゆると立ち上がり、船縁(ふなべり)をゆっくりと降りていく。

 誰に命ぜられたわけでもない。

 自分からその者は砂の上に降り立っている。

船縁からその者の傍らに背負子(しょいこ)の付いた大きな桶が投げ降ろされる。蓋の付いた大きな桶…

 砂の上に佇むその者は、桶を背負うと、うろへと滑り落ちていく砂の流れに身を委ね、うろの中へと消えていく。


そのまま船はじっとその場を動かない。

 昼が過ぎ、夜が訪れても、船は動こうとはしない。

 乗り組む者たちは、ただ座り続ける。

 やがて、夜が明け、昼が過ぎ、日が暮れて、また夜が来る。

 繰り返す昼と夜…

そして、何日めかの夕暮れ時、桶を背負った者が、うろの縁から這い出してくる。

 そろりそろり、桶の中身を零(こぼ)さぬように。

 船に乗り組む者たちは桶を背負った者を静かに船に引き上げる。

 そして、ゆっくりと開けられる桶の蓋…

 その中には水が満たされている。


 こうして船は砂の原を渡り、うろの縁に泊まっては、拾われた者をその縁に滑り込ませる。

 何人も何人も。

 時に帰って来ない者もいる。

 まるで、水は、拾われた者たちと引き替えに手に入るかのよう。

 正に命の水…

けれど、拾われた者たちは何ら躊躇(ためら)うことなく、うろの中へと降りていく。

 

船は幾度となく人を拾い、うろを見つけては水を手に入れ、何処(いずこ)ともなく砂に運ばれていく。


私は、うろには降りたことがない。

 うろに降りるのは誰かに命ぜられるからではない。

 誰かが降りなければ皆が乾く、だから降りる。

誰に命ぜられなくとも誰かが降りる。

 ただ、それは、拾われた者のうちの、誰か。どうやら、そういうことになっている。

拾われる者…それは、砂の海から水を汲む者。

 存在が、そういう者…


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