聖典③
誰しもが経験するようで、それが一線に交わらない不安定さ。学校という画一的な教育の現場で、そのあまりに正確に配備された理念との接触に際し、少年少女の心はある種の違和感に纏わりつかれる。
彼が彼の聖典を頼りに自我を保とうと試みたように、誰もが同様の秘密と憧れがあって日々の不安定さを生きていく。彼の聖典は、彼が日々を重ねるうちにその神聖さを失ってしまった。彼は高校最初の夏休みの頃にいくつかの友人を得た。彼らもまた同じ穴の狢で、端から見れば、区別のつけようもない同類であった。それから、少年の生活は一見違いないようで、大きな変化を内にはらんでいた。孤独は高尚さを失い、聖典の多くの文が意味をなさなくなった。
これが成長であるのかは分からない。孤独にあった少年が仲間を得、俗世を学んでいく。その過程で、大事に抱えていた思想・哲学が輝きを失い取り残されていく。代わりに彼は社会性を身に着けるようになった。彼の少ない友人との結びつきを保つために、卑しいと切り捨てていたはずの。他人に媚びた言葉を発することなど、身を切るに等しい屈辱であったはずだ。
彼の聖典は、その後勉強机の引き出しにしまわれたままに、彼が大人になってしまうまで開かれることはなかった。数年を経てそれを見た彼は、毒の失われてしまった自分を認め、自分の辿ってきた経過の意味を悟った。
この手の話はどこにでも溢れているようで、しかし忘れ去られがちな運命にある。
聖典 front door @Mandarin-Brown-Tabby-Cat
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