第3話 恵方巻の謎と一緒に豆を撒く


「そういえば、恵方巻はないんですね?」


節分といえば、もう一つあった。

コンビニ業界が仕組んだとされるあのイベント、恵方巻だ。


その名前を出すと、梅雨さんは頭をかいた。

いかにも、面倒くさそうな表情だった。


「そうか、嬢ちゃんには馴染みがある文化なのか。

用意しとけばよかったかな?」


鬼というだけあって、かなり長く生きているらしい。

あの日の話もあわせると、百年は軽く超えていそうだ。


「すみません、ただ、気になっただけっていうか。

梅雨さんたちは食べないんですね。恵方巻き」


「まあ、俺たちのところはやってないけど……というか、いつから始まったんだ? 

あの巻き寿司が流行りだしたのって、かなり最近だよな?」


「『恵方巻』という名前自体は十数年前あたりから、聞いていたような記憶がありますね。

ただ、それより前となると……微妙なところですね。私のところはやっていませんでしたし」


「何だそりゃ。関西の方でもやってなかったのか?」


「少なくとも、私のいた地区ではやっていませんでしたよ」


涼風さん、関西地方出身なんだ。

関西地方特有の訛りがなく、標準語をきれいに喋っているのに少し驚く。

もしかして、こっちに来てから長いのかな。


「じゃあ、どこから始まったんだ? アレ」


関西地方が発祥じゃないとなると、本当に誰がやり始めたんだろう。

もしかして、海外の似たような文化を逆輸入したとか?


「昔は豆を撒かれ、ヒイラギにイワシの頭さして終わってたんだがなあ……」


涼風さんもうんうんと、何度もうなずいていた。

というか、こんな美人さんに豆を投げる人なんていたのだろうか。

いや、鬼だからこそ、容赦なく投げていたのかもしれない。


「親方の場合、大雪になっていたんじゃないですか?」


「よく分かってるじゃねえか。

だから、他の連中に行かせてたんだけどな」


梅雨さんは外を出歩くと、雨が降り始めるという謎のスキルを持っている。

ただ、この前の台風の雨よりは威力は劣るらしいけど、昔はそれなりに迷惑がられていたとのことだ。


なるほど、冬の場合は雪に変わるのか。

どちらにせよ、外出が余計に面倒なことになるのは変わりはなさそうだ。


「巻き寿司自体はあっても、行事に食べるものではありませんでしたよね。

本当、いつから始まったんでしょうね?」


「どうせまた、何かのこじつけで始めたんだろうなぁ……商魂だけはたくましい連中だからな」


恵方巻とは、鬼すら面倒くさいと思うものらしい。

二人して悩むのも、何だか面白い。

コンビニ業界の陰謀説、意外と当てはまっているかもしれない。


障子が少しだけ開かれた。

部屋の中で待機していた一人が、涼風さんの肩をたたく。

一緒に「豆」と張り紙がされたビニール袋が彼女に手渡される。


「準備が完了したみたいですね。

それでは、木下さん。これを」


私に手渡したのは、木製の枡だった。

イラストとかでよく見るけど、実際に使うのは初めてだ。


ビニール袋から、中身を一つ取り出す。

『福豆』と書かれており、煎り豆が詰まっていた。


涼風さんは慣れた手つきで封を切って、木製の枡に豆を入れていく。

入れるというより、お酒を注いでいる様な感じだ。

一袋ちょうど使い切ったところで、枡はいっぱいになった。


「それ、触っても大丈夫なんですか?」


「俺たちが直接触るわけじゃないしな。大丈夫だよ」


「私たちのことは気にせずに、思う存分撒いてくださいね」


鬼とはいえ、美男美女に投げるのは戸惑うものがある。

けど、本当に嬉しそうだ。久しぶりなんだろうな。


「分かりました!」


幼い頃に父に向って、豆を投げたのを思い出す。

あの時もあの時で、とても楽しかった。


小学生の頃、給食にも節分の豆は出てたっけ。

たまに混ざってる青のりがついてる豆が美味しかったんだよね。


いろいろな思い出がよみがえる。

まさか、本物の鬼に向かって豆を投げることになるとは思わなかった。


障子が思い切り開かれた。

テーブルは片付けられ、すっきりしていた。

鬼たちが躍り出たと同時に、私は豆を掴んで投げる。


「おにはそとー! ふくはうちー!」


定番のフレーズを私はひさしぶりに叫んだ。


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