第4話 朧月の影に
ビニール袋に入っていた豆をすべて投げ終えた頃には、外は真っ暗になっていた。
まさか、ここまで熱中するとは思わなかった。
鬼たちはわあきゃあ言いながら、私の投げる豆から逃げ回っていた。
本当に楽しそうに走り回っていた。
ただ、部屋の隅に金棒とか刀が見えたような気がした。
現代日本において、武器は何かしらの許可を得ないと所持できないイメージがある。
レプリカであることを願うしかない。
片付けはすべて梅雨さんたちがやってくれるそうで、私は何もしないでいいらしい。
梅雨さん曰く、「お客人に片付けをさせるとは何事か」とのことだ。
本当に豆を撒いて終わっちゃった。
おつまみセットも渡せたし、一応、今日の予定は全て終わった。
どうにか、門限までには帰れそうだ。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ、突然のお誘いにも関わらず、ありがとうございました」
涼風さんと神社の階段を下る。
街灯は一つもなく、足元がぎりぎり見えるくらいだ。
外はすっかり陽が落ちて、空は紫に染まっていた。
「こんなところに来る人間なんてほぼいませんから、親方は余計に貴方のことを心配されていたのですよ。
ましてや、あんな状況でしたからね。何かあったとしか思えませんし」
あの台風の日のことを言っているのだろうか。
あの後も何かと心配してくれていたらしく、三が日に来たと聞いて安心していたとのことだ。
「私にもいろいろとありまして……ご迷惑をおかけしました」
「大したことではなかったと聞いておりますよ。
誰しも一度は悩むことはあるでしょうし、あまり気に病まないでくださいね」
「思い切り、笑われてしまいました」
「それはまあ……気に障ったのであれば申し訳ありません」
彼女は渋い表情を浮かべた。
「良くも悪くも素直な方ですからね。
正直者というか、空気に流されにくいというか、何というか……」
デリカシーがないって言いたいんだろうなあ。
裏で何かと苦労しているのが伝わってくる。
「ああいうふうに笑ってくれたので、私も気が晴れたので大丈夫です!
そういえば、涼風さんってこちらに来てから長いんですか?」
「いえ、風紋町に来たのはつい最近ですよ。
それがどうかしたんですか?」
「関西の方から来たって言ってたじゃないですか。
特有の訛りがあまりなかったので」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか。
私、生まれも育ちも東の方なんですよ。
とは言っても、都会育ちではありませんけれど」
なるほど、どうりで標準語が綺麗なはずだ。
彼女は上司からの命令で、関西の方に出張していたらしい。
向こうの方で起きた災害の復興支援だとか何とか、いろいろな理由があるようだ。
向こうにいる期間も短かかったため、訛りなどもあまり移らなかったようだ。
「あちらの頭領が行方不明になってしまったのを機に、先日こちらの方に戻ってきたのです。地元に戻ろうかどうか迷っていたところ、今の親方が私を拾ってくださいまして、この町に来ることにしたのです。
あそこの組、黒い噂とかも結構ありましたし、穏やかではありませんでしたねえ」
こちらに戻れることになったのはいいものの、再就職先が見つからなかった。
路頭に迷っていたところを梅雨さんが採用してくれた、ということだろうか。
風紋町に来た理由が、明らかに平和そうでないことだけは確かだ。
鬼たちの世界は人間以上に闇が深いのかもしれない。
「貴方も気を付けてくださいね、暗くなると何があるか分かりませんから。
朧月の影の中に、闇の者たちは潜んでいますから」
涼風さんは表情をしかめる。
私も帰りが遅くなる時は、両親から同じように注意される。
帰るときには連絡はしているし、道もそこまで人通りが少ないわけじゃない。
「親方は不気味なほどに青白い満月と表現するのでしょうね。
いずれにせよ、夜はできるだけ人通りの多い道を歩いてくださいね」
彼女の言っていることはまちがっていないし、反論する余地はない。
ただ、満月と朧月。似ているようで案外違う。
鬼たちは月も苦手なのだろうか?
階段を一番下まで降りると、ようやく街灯が見えてきた。
明かりにこれだけ安心できるとは、思わなかった。
彼女の言うとおり、暗いところは歩かない方がいいかもしれない。
「ここまで来れば、大丈夫そうですね。
それでは、また何かあったら、気軽に来てくださいね」
「今日は本当にありがとうございました。
また遊びに来ますね!」
頭を下げて、神社を後にする。
空に浮かぶ月は半月だ。
星もそこそこ出ているし、雲は一つもない。
明るい街灯に照らされながら、私は家路についた。
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