第2話 節分ってなんだっけ
神社の端にある社務所から、地下に向かう階段へ案内された。
ああ、普段はこっちの方で過ごしているんだ。
なるほどと思いつつ、彼の後をついて行く。
階段を下ると、障子が並ぶ廊下に出た。
和室がいくつも並んでいるらしいことがよく分かる。
正面の障子が開かれると、テーブルを囲んでいたのは鬼たちだった。
老若男女、和服の柄や角の本数はそれぞれ違っているが、部屋に集まっていたのは鬼たちだ。
準備万端というか、殺る気満々というか。
何かの罰ゲームと言われてもおかしくない光景だ。
百鬼夜行っていうんだっけ、こういうの。
というか、何か私のほうが豆をまかれて退治されそうじゃない?
そういう行事だったっけ? 節分の概念が崩れそうなんだけど。
「貴方、三が日にもいらしてましたね。本日はどのようなご用件で?」
一人の女性が立ち上がり、部屋から出てきた。
笑顔で障子をぴしゃりと閉める。
黒髪のショートヘアに、同じ色の二本の角が生えている。
黄緑色の着物に黒の帯がよく映えている。
「木下みちると申します! あの時はお世話になりました!」
私はあわてて頭を下げる。
「この前の台風の時に、一人で来ていたっていう……。
私は涼風と申します。あの後、大丈夫でしたか?」
「はい、どうにか無事に帰れました。
それで、そのお礼にと思って、これを届けに来たんです」
おつまみセットを彼女に手渡す。
「わざわざありがとうございます」
にこにこと嬉しそうに受け取る。
とりあえず、喜んでもらえたみたい。
私は心をなでおろした。
「ほら、ついでだしさ。豆でもまいてもらおうかなってさ。
この前、地区会の会長から豆とかもらっただろ?」
彼がそう言うと、涼風さんの表情が一気に曇った。
「親方が無理やり誘ったんですね。
すみません、突然のことでびっくりしたでしょう」
彼女は頭を抱える。
黒い髪も艶やかで、雪のような白い肌。
まさに大和なでしこだ。
「あ、いえ! 本当に暇だったし、大丈夫です!」
今日の予定がなかったからこそ、おつまみを抱えてここまでやって来たのだ。
豆まきに誘われるとは思わなかったが、暇だったのは事実だ。
「すみません、変なことを聞いてもいいですか?」
そうだ、ずっと気になっていたことをここで聞いてしまおう。
「その衣装って、何かの作品のキャラクターなんでしょうか?
みなさん、すごく綺麗ですし、かっこいいなと思って」
「キャラクター……? ああ、親方のことをそういうふうにとらえたんですね。
どうりで、怖がらないわけです」
確かに衣装や小物類もよくできているから、本物とまちがえても仕方がないのかもしれない。
彼もよく分からないらしく、首をかしげている。
「私たちはいわゆる、コスプレイヤーではありません。
昨今、そういった流れもあって勘違いされやすいんですけどね」
「ということは、もしかして、本物の鬼なんですか?」
「ええ。私たちは全員、本物の鬼ですよ。
古くから、この神社を守る役割を担っているのです」
涼風さんは少しだけ誇らしげだった。
コスプレイヤーどころか、人間ですらなかった。
まさか本物の鬼だとは誰も思うまい。
ということは、彼も本物の鬼ということか。
「ああ、そっか。そういうことか。
嬢ちゃんには言ってなかったや……悪いな。俺は梅雨って言うんだ。
一応、鬼たちの大将やらせてもらってるんだ」
鬼の大将ってことは、鬼たちのリーダーってことで、この中で一番偉い人?
私の背中に冷たい汗が流れる。
ものすごい人に呼ばれてしまったのではないだろうか。
それ以前に、失礼なことを考えすぎたのではないだろうか。
自分の振る舞いがのんきすぎて、今更恥ずかしくなってきた。
「気にしなくていいよ、あんな状況だったしさ。
お互いに名乗る暇もなかったんだ。しょうがないよ」
梅雨さんは笑って許してくれた。
しかし、涼風さんがぎろりとにらむ。
「少しは気にしてください! 何年大将やってるんですか!
だから、あんな目にあうんですよ。本当に!」
「本当に」の一言に、すべてが詰まっている様な気がした。
そういえば、この神社で物騒な事件が起きたらしい。
作品の設定だとばかり思っていたけど、彼らは本物の鬼である。
彼がいうところの「変な奴」に攻め込まれたということか。
「ひさびさに来てくれたんだし、そんなに怒らなくたって……」
「細かいことはまた、後で話しましょう。
彼女の前で話せることでもありませんから」
腹立たし気にため息をつく。
納得しているわけでもなさそうだけど、話は終わったらしい。
幼い頃、この神社に近寄るなといわれていた理由が少しだけ分かった気がした。
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