西南西に豆をまけ!
長月瓦礫
第1話 おひさしぶりです
台風を乗り越え、年末年始を迎え、冬休みが終わると、学校が始まった。
いつのまにか、あわただしい日常の風景に戻っていた。
それでも、この石段を上る人は私以外にいない。
三が日にも一度、この神社を訪れていた。
一人でこっそり、ここに参拝していた。
あの時は参拝客を数人見かけた程度で、鬼はいなかった。
やはり、あの日の私は夢を見ていたのではないだろうか。
昨年10月、日本に超巨大な台風が接近していた。
甚大な被害が予想され、防災グッズは飛ぶように売れた。
また、交通機関はほぼ使えない状況に陥り、外出ができない状況であった。
そもそも、出勤するように命じる会社や授業を行う学校側の危機感が足りていないのだろう。学校から徒歩で通える私はともかく、電車で通学している友達は帰れなかったかもしれないのだ。
下手したら、私の家に泊まるような事態になっていたかもしれない。
そう考えると、休むべき時は休むべきなのだろう。
私もあんな状況の中、この神社に足を運んでいた。あまり人のことは言えない。
その時に、この神社の関係者らしいコスプレイヤーに助けてもらった。
額から生えた角と青い着物、何かの作品の登場人物だと思っていた。
友達に聞いても、そのような作品は心当たりがないらしい。
その人が考えたオリジナルキャラクターかもしれないとも言っていた。
結局、彼本人に聞くしかないのだ。
そういえば、鬼をも殺してしまうほどの強いお酒があるらしい。
果たして、彼は呑めるのだろうか。
というか、私は未成年なので酒類は買えないのである。
そのかわりに、おつまみを買って私は神社へ訪れたのだった。
「嬢ちゃん、ひさしぶりだな」
空色の髪と額から生えた同じ色の角は今も顕在だった。
防寒のために白の羽織と青色のマフラーを巻いていた。
「三が日のときにも来てくれたんだってな? あの時はごめんな。
他の連中から宴会に誘われてたもんで、神社にいなかったんだ」
なるほど、確かに新年だし、昼間から呑み会をしていてもおかしくはないか。
宴会に参加していたのであれば、お酒に関する心配はしなくてもよさそうだ。
「そうだ、暇なら豆でも撒いていかないかい?」
そんな軽いノリで言われても、何のことやらさっぱり分からない。
確かに暇ではあるけど、豆をまくとはどういうことだろうか。
「今日、節分か」
そう言うと、彼は嬉しそうに笑う。
2月と言えばバレンタインデー、みたいな風潮が最近の日本にはある。
どこを見渡しても、ハートのピンク色とチョコレートの茶色に染まっている。
ただ、その中にある鬼のお面が異彩を放っているのは事実だ。
古くからある日本の慣習はそう簡単にはなくならない。
今じゃ、恵方巻とかいうコンビニ業界の陰謀が見え隠れしているけどね。
「せっかく来てくれたんだしさ。どうかな」
ていうか、自ら豆に当たりにいくのか。この人は。
そんな鬼は初めて見た。
ニンニク料理を食べる吸血鬼のようなものではないのだろうか。
「いいんですか、本当に」
「構わないさ、みんなも喜ぶと思うし」
みんな? もしかして、複数人いるの?
そういえば、あの時も裏手に引っ込んで誰かと話していた。
他にも神社の関係者が集まっているということだろうか。
それだけ豆まきをしたいということだろうか。
そのために集まっているのであれば、断るのも悪い気がしてきた。
私以外にも参加者がいるのであれば、彼に豆を投げても構わないかもしれない。
「じゃあ、お願いします」
私は軽く頭を下げて、神社の中へ案内してもらったのだった。
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