第61話 隠れた能力

 体育の時間。


 50mプールを、クロールで行ったり来たりと泳いでいる一人の美少女がいた。もうかれこれ20分以上経つだろうか。授業が始まってからすぐ、彼女はずっと泳いでいるのである。勝手な行動でレーンの一つを独占しているため、体育教師はカンカンに怒り、怒鳴っているのだが彼女の耳には届いていない。それだけ集中しているのだ。

 しかしもうそろそろ体力の限界が近い。足がつりそうだ。だが、求めているのは限界のその先だ。でも・・・

「プファ!」

 苦しさのあまり立ち上がってしまった。


 ・・・


 ・・・


 授業が終わり、更衣室。


 ヒメノはヨロヨロとよろけながら着替えをしようとしていた。しかし、体力をほぼ使いきってしまったのだろう。全裸でその場に座り込んでしまう。

「ヒメノさん、大丈夫?」

 クラスメイトのチサが、心配そうに声をかける。

「ワリィ。ちょっと肩貸してくんない?」

 強がらず、素直に力を借りるヒメノ。チサは下着姿のまましゃがみ、全裸のヒメノを立ち上がらせた。


 !


 思わず目を反らすチサ。それも仕方のないこと。ヒメノの身体は、同姓が見てもドキドキしてしまうほど美しかった。モデルのようなスタイル。色白で艶のある肌。うっかり抱き締めたくなってしまう。それ故に、この更衣室内の女子達はチラチラとヒメノを見ていた。

「ヒメノさん、私が着させてあげようか?」

 チサは良かれと思って言った台詞だったのだが、この時ばかりはクラス中の女子を敵に回してしまった。


 ずるいーー!


 殺気が室内に充満する。これはまずいと思ったチサは訂正しようとした。しかし・・・

「いいのか?じゃあお願いするよ。下は自分ではくから、ブラは頼む・・・」

 そう言うと、ヒメノは何とか自分でパンツをはき、ブラをチサに渡した。


 あわわっ


 みんなに撲殺されちゃう・・・


 だが、お願いされてしまった手前、今更断ることはないできない。チサはブラを受け取ると、ヒメノの腕を上げブラの紐を肩に通す。そして思った。


 うわぁ、凄く柔らかい。


 紐を通した後でもヒメノの腕を触りまくるチサ。

「マッサージはいいから、早くホック止めてくれない?」

 ヒメノはくたびれた様子でチサに言った。ハッと我に帰るチサ。そして周りから放たれている視線の矢が刺さっているのがわかった。とても痛い。

 チサはヒメノの後ろに廻り、震える手でブラのホックを止めた。


 ほっ・・・


 ミッションコンプリート。

 チサは胸を撫で下ろした。

「ありがとな。後は自分で着るわ。」

 ヒメノはチサにお礼を言うと、テキパキと制服を着ていく。体力がある程度回復したようだ。

「あっそうだ。お礼にこれやるよ。ほむらに貰ったんだけど、オレこういうの付けないから。」

 ヒメノはチサに、キラキラの宝飾が施されたブレスレットを渡した。

「キレ~。いいの?こんな高そうなもの貰っちゃって。」

 ほむらから頂いた物だ。相応にお高いだろう。しかし同じ金持ちのヒメノは値段よりも自分の好みで身に付けるものは選びたいのだ。

「受け取ってくれよ。じゃっ、オレ教室戻るな。」

 手を振り、更衣室を出ていくヒメノ。

 残されたチサは、早速女子数名に詰め寄られてしまう。

「ちょっとチサちゃん!ヒメノさんに馴れ馴れしすぎるよ!」

「そうだよ!ヒメノさんはみんなの観賞用だって決めたじゃない!」

「それにヒメノさんの恋を応援しようって誓い合ったじゃない!今の見てると、まるで抜け駆けしてるみたいだったよ!」

「物まで貰っちゃって・・・チサちゃん、ずるいからね!」

 散々捲し立ててくる。

 しかし、チサとしては単純に困っていたヒメノを助けてあげただけだ。そこまで言われる筋合いはない。

「じゃあ見て見ぬ振りした方がよかったの?他に誰か手を差し伸べた?誰も何もしなかったよね。友達が困ってたら助けてあげるのは当然でしょ?なのに・・・それでも文句あるの?」


 ドクンッ


 チサは、ただもっともな事を言っただけのつもりだった。だが、ただそれだけのことだったはずなのに、詰め寄ってきた女子達の意識を奪ってしまいそうになってしまう。

 そう、ハルカのよく使う『威嚇』に近いことを、チサは無意識にやってしまったのだ。

 自分が何をしたのか、イマイチピンときていない様子のチサ。呆然としている。


 ・・・


 暫しの沈黙が訪れるが、その沈黙を一人の女子が壊した。

「そ、そうね。あたし達、頭に血が昇っていたのね。ごめんなさい。」

 意識がハッキリせず、クラクラしているのだろう。素直に非を認め謝罪を述べる女の子。そしてその子も含め、チサ以外の女子達は既に着替えが終わっていた為、逃げるようにいそいそと更衣室を後にした。

 更衣室にポツンと一人、取り残されたチサ。まだ下着姿のままだったので、手早く制服に身を包む。その後、ロッカーの内側の鏡で自分の顔を見た。


 私、何かすごいことした気がする。


 チサは、不安とも自信ともつかない感情を胸の内に抱いた。誰かを壊してしまうかも知れないといった不安と、誰かを守れるかも知れないとといった自信だ。きっとこの力は、正しく使えばここぞというときに役に立つだろう。


 よし!私もヒメノさんみたいにかっこよくなれるチャンスだ!


 俄然張り切るチサ。でもどうやって特訓すればいいのか全然わからない。まぁとりあえず、先ずはコントロール出来るようになるのが先決だろう。むやみに威嚇してしまうのは危険だからだ。

 そして三ヶ月後、チサはこの力のをある程度コントロール出来るようになるのだった。


 そして後でわかることなのだが、実はチサ、ハルカの従姉妹であった。

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