第38話 クッキー争奪戦

 おやつの時間。


 5人は外に出て、中庭らしき所に足を運んだ。何故『らしき所』と表現したかいうと、そこが広すぎるからだ。野球場程の面積はある。確かに建物に囲まれているため中庭なのだろう。しかし、ここをグラウンドとは言わず中庭と言ってしまうところが、やはり金持ちの金持ちたるところだろうか。


 その広い中庭のど真ん中には、洋風のテーブル2脚と椅子が5脚用意されている。そしてそのテーブルの上には、洋風和風数々のお菓子が所狭しと用意されていた。

「わあすごーい!」

 目をキラキラさせる女子達。やはり皆、甘いものには目がないようだ。

 その横でマユリは持ってきたリュックをゴソゴソとし出し、中から直径26cm、高さ10cm位の大きさのかわいいピンク色の丸い箱を出す。

「あのさ、ボク、クッキー焼いてきたんだけど・・・食べる?」

 少し気恥ずかしそうなマユリ。お世話になるのだからこれくらいはしないとと思い、作ってきたのだ。

「やった!マユリクッキーだ。美味しいんだよね。」

 嬉々とするハルカ。しかし、ハルカ以外の3人は沈黙してしまった。マユリクッキー以外の他のお菓子が霞んで見えてしまったからだ。マユリはその異様な雰囲気を察する。

 

 あっ、そうか。こんなにお菓子あるのに今更こんなクッキーいらないよね。ボク、空気読めなかったな・・・


 反省するマユリ。タイミングを間違えたと思ったのだ。

「そ、そうだよね。こんなに美味しそうなおやつがいっぱいあるのに。なんかごめんね。」

 そう言いながらしまおうとするマユリ。

「ダメ!待ってください!ここにあるお菓子全部とそのクッキー交換してください!」

 物々交換を提案するミカ。ヒメノとサキはぎょっとする。


 ずるい・・・


 ミカはマユリクッキーを独り占めするつもりだ。

「いや、いいよ。こんなには食べられないし。それにボク、クッキーいっぱい作っちゃったから、もし食べてくれるんならみんなに食べてもらいたいな。」

 ヒメノとサキは手を取り合い喜ぶが、ミカは目付きが悪い。


 ちっ、独占できなかったか・・・


 マユリの、しかも手作りのクッキーとあっては、誰にも渡したくなかったのだが仕方がない。ミカはそのクッキーが食べられるだけでも満足することにした。

 箱を開けるとそこには・・・

「わぁ・・・かわいい・・・」

 ハートの形のクッキーが10個、1つづつちゃんと包装されて入っていた。

「いただきます。」

 いつの間にか1つ取っていたハルカが食べ始まっていた。

「ん!うまい!えっ、ちょっと待って・・・何これ?中にスライスしたイチゴが入ってるの?」

 そう、ハルカが噛ったクッキーの断面からはイチゴが見えていた。

「新作だよ。1つ作るのに形の違うクッキー5個作らなきゃいけないから結構手間がかかるけどね。上手く出来てるかな?」

「うんうん。メチャクチャ美味しいよ。さすがマユリ。これなら間違いなくいいお嫁さんになれるね。」

 大絶賛のハルカ。ほんと毎回マユリの手作りお菓子には驚かされる。


 『お嫁さんにしたい・・・』


 3人の目からはマユリがキラキラの光に包まれているように見えていた。

「どうぞ、召し上がれ。」

 微笑みなから3人に勧めるマユリ。その姿はまさに・・・


 女神様・・・


 そう思わずにはいられないほど神々しかった。尻込みしていた3人は、一枚ずつおそるおそるクッキーを取り、包装を開ける。


 そして一口・・・


 パクッ


 !!!


『美味しい!!!』

 感動が3人の胸を通過していく。まるで思いっきり吸った春風が銃器を持って体内に入り、体の内側を攻撃して汗腺から出ていくようだ。

 ・・・何言ってんだろ。

 とにかく、3人はそれほどの衝撃を受けたのだ。残りのクッキーは6つ。10個あったから5人に分けられるのは単純計算で1人2個づつだ。食べられるのはマユリを除いてそれぞれ後一枚づつ。


 あ~あ。物足りないな。


 ミカはため息をつく。もっとマユリ味を堪能したいのだ。もちろん他二人も同様の考えだろう。

 満足そうに美味しいと言ってくれた3人の顔を見て機嫌を良くしたマユリは、計らずもそこに火種を投入してしまう。

「ボクは味見で何枚か家で食べちゃったから、後はみんなで分けてね。」

 

 ピキーーン


 戦慄が走る。

 それもそのはず。瞬時に計算してみると、後2枚食べられるのは二人だけなのだ。睨み合う4人。しかし、早々にハルカは戦線離脱した。

「あたしはマユリの手作りお菓子今まで結構食べてきたから、後一枚でいいや。まだ食べたことが少ない3人に譲るよ。」

 そう言うと、もうすでに椅子に座り他のお菓子を食べていたマユリのところへと向かう。

 これで残るはいつもの3人。それぞれの視線が交わり火花を散らしている。


 殺るか・・・


 物騒なことを考えるミカ。クッキー1つで重い罪を犯す気なのか。しかしサキもヒメノもそれに近い考えを持っていた。

「仲良く食べてねぇ。」


 ドキッ!!


 この現状のことなど露知らず、マユリは朗らかにそう告げる。その一言で、良からぬことを考えていた3人はハッと我に帰り、放っていた殺気を抑えることができた。


 危ない危ない。危うく間違いを犯すところだったわ。


 サキはマユリに感謝する。もしかすると一戦を越えてしまうところだったのだ。

 さて、しかしどうしたものか。どうやって決める?1人の脱落者を。

 3人とも腕を組んで考え込んでしまった。

 その様子をお菓子をモシャモシャ食べながら遠巻きに見ていたハルカ。このままでは治まりそうもない。仕方なく口を挟むことにした。

「暴力以外の勝負で決めれば?トランプとか徒競走とか。」

 うむ、なるほど。だが運動では個人差が如実に現れてしまうだろう。トランプやボードゲームでは時間がかかり過ぎる恐れもある。

 ・・・ならば

「じゃんけんで決めましょう。」

 ここは年上のサキが勝負の方法を決める。

「えっ、3回勝負ですか?」

「一発勝負よ。」

 ミカの質問に即答えるサキ。考えはわかっている。気持ちに少しでも余裕を持ちたいのだ。しかしそれは甘い考え。人生は一発勝負の場面が多い。それをわかってもらいたいのだ。教師であるサキは、この状況であるにも関わらず生徒にそれを教えようとしていた。

「潔くていいですね。よし負けないぞ!」

 意味のないストレッチをしながらヒメノは言った。自分が負けるはずがないと、何故か自信があるのだ。

 3人は右拳を腰に当て、それを左手で隠すように構えをとる。

 果たして誰が勝つのか。勝負の行方は如何に・・・

 掛け声はサキがするようだ。

「いくわよ。じゃ~んけ~ん・・・」


 

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