第39話 胃袋をGrab the eagle

「ぽん!」

 グー、チョキ、パー。あいこだ。

「じゃ~んけ~んぽん!」

 グー、グー、グー。またしてもあいこ。

 この後、何度もあいこを繰り返す3人。すぐ勝負が決まると思っていたのだが、そうもいかない様子だ。


 かれこれ5分が経った。未だ勝負はつかず、3人は息を切らしている。

 もうこれ以上見ていられないハルカ。さっさと終わらせてみんなとおしゃべりしたいのだ。

「仕方無いですね。わかりました。あたしのマユリクッキーあげますから、みんなこっちでおやつ食べましょう?ね?」

 

 ピクッ


 3人の姿が一瞬消える。

 まさに電光石火の如し。いや瞬間移動か。気付けば皆、涼しい顔して着席している。まるで先程のいざこざなんてなかったかのように。


 化け物か!


 ハルカは心の中で突っ込む。

『改めまして、いただきます。』

 3人は他のお菓子には目もくれず、マユリクッキーを食べ始める。端からサクサクサクサクッと、リスのように噛み砕きながら口の中に入れていく。


 かわいい🖤


 マユリは思わずキュンとしてしまった。


 こんなペット欲しい・・・


 ハルカもまた、小動物を見るような目で3人を見ていた。その中でも特筆すべきはサキだろう。いつもクールな大人の女性のサキが、こんな可愛らしい食べ方をしているのだ。ギャップ萌え甚だしい。

 マユリは思わず手を伸ばす。そして・・・

「よしよし🖤」

 子犬に接するように、正面に座っていたヒメノの頭を撫でてしまった。見る見る顔が赤くなっていくヒメノ。


 うう・・・マユリさん、駄目だよぉ・・・


 ミカとサキは目を点にしている。


 う、羨ましい~~


「あっ、ごめんなさい。可愛かったからつい。」

 マユリは慌ててバッと手を引っ込める。しかし、ヒメノは未だ真っ赤なままだ。

「マユリさん、私も撫ででくれるかしら。」

 恥ずかしげもなく真顔で言うサキ。

「あ、あたしもお願いします!」

 ミカもそれに便乗する。

 戸惑いながらもマユリは両手を伸ばし、それぞれの頭を撫でた。

「よ、よ~しよし。」

 苦笑いのマユリとハルカ。

「あっ、顎の下コロコロお願いします。」

 更なる要求をするミカ。

 ・・・猫か!

「よ~しよし。」

「オレのお腹撫でてください!」

 芝生に仰向けになり、腹を出すヒメノ。

 ・・・猫か!

「よ~しよし。」

「私の背中撫でてくれるかしら。」

 芝生に座り、背中を丸めるサキ。

 ・・・猫か!

「よ、よ~しよし。」

 3人ともとても幸せそうな顔をしている。


 ・・・


 マユリクッキーを食べ、更には散々マユリに弄ってもらった3人は満足そうに椅子に背を預ける。


 暫しの沈黙・・・


「はぁ、なんか口寂しいわね。」

 ボソッと、しかしマユリに聞こえるように呟いたサキ。

「まだまだ一杯お菓子残ってますよ?」

 ハルカはテーブルの上にあるお菓子を3人に勧めた。

「いや、そういうのはいいんで。」

 ミカは空を見上げながら言う。


 そういうのって何だよ!あんたが用意してもらったお菓子だろ!


 ハルカはムッとするが、3人が欲しいのはマユリの手作りお菓子なのだ。それを越えるものはこのお菓子の中にはない。それどころかこれからの人生、どんなお菓子を食べてもマユリクッキーと比べてしまうだろう。それほどまでに胃袋をガッチリ掴まれてしまったのだ。

「そんなに美味しかった?ボクの作ったクッキー。」

『それはもちろん!』

 ギラッと光る3人の目。

「そ、そう?嬉しいなぁ。そうだ。ミカちゃん、台所どこ?軽く何か作ってあげるよ。」

「あべぼばばぶべ!」

「ミカちゃん!?落ち着いて!」

 ヨダレを垂れ流しながら喋るミカを、慌てて止めるハルカ。

「厨房はさっき通った廊下を反対に行けばあります。必要なものがあれば常駐のメイドさんに言ってください。」

 気を取り直したミカは、止めどなく溢れていたヨダレを何とか抑え、マユリに場所を伝える。

「ありがとう。じゃあちょっと行ってくるね。」

 自分の作ったお菓子が人気であることに気分を良くしたマユリは、1人厨房に向かうのだった。


 30分後


「できたよ~。」

 マユリが戻ってきた。両手には5個のお菓子を乗せたトレーを持っている。

「さあ召し上がれ。」

 マユリは丁寧に、一人一人の前にお菓子の乗った皿を置いていく。何やらクレープ生地に四角いものが包まれているようだ。この短時間では手の込んだものは作れないだろう。さて、このお菓子は四人をどう驚かせてくれるのか。

 ワクワクしながら手に取るハルカ達。

 そして一斉に一口。


 !!!


『お、おいし~~~!!』

 四人が同時に声を上げる。

 クレープ生地の中にはなんと、荒く潰したゆで卵にツナとマヨネーズを合えたものがハムでくるまれて入っていた。程よい甘さとしょっぱさが口の中に広がり、お菓子だと思い込んでいた四人の舌は驚きと感動に包まれる。

「相変わらず凄いわね。この発想力。お見事!」

 ハルカは誇らしかった。親友がこんなにも料理上手であることに。

 あっという間に完食する四人。だが、マユリは一口噛っただけで進んでいなかった。

「どうしたの?残すの?」

 心配と期待に満ちた声でサキはマユリに聞く。

「ええ。ちょっとお菓子食べすぎちゃったからお腹いっぱいで。でも残すともったいないし・・・食べかけで申し訳ないですけど、食べます?」


 ザワッ


 辺りが殺気立つのがわかる。ミカとヒメノが発生源だ。


 ずるいずるいずるいずるい!

 

 サキを睨み付ける二人。しかし、サキは動かない。予想外のことに頭が真っ白になってしまったのだ。 

「ごめんなさい。そうですよね。汚いですよね。ボクやっぱり食べますね。」

 サキの様子がおかしいことに気付き、考えを改めてしまうマユリ。そしていざ食べようと料理に目を向けたのだが、そこにはもう何も無くなっていた。

「いただきます。」

 いつの間にか手に取っていたサキ。顔を紅潮させながらマユリの噛ったクレープ包みを、ゆっくりと、いやらしく、舐めるように口に入れていく。

 ドン引きのハルカ。

 赤面するマユリ。

 羨ましそうに見つめるミカとヒメノ。

 サキは食べながらハァハァと息を乱している。

「マユリさんのが・・・ハァハァ・・・口の中に・・・あっ、ひぃ、広がるわぁ🖤」

 ・・・何言ってんの?この人。

 全部食べ終わった後も、指についたマヨネーズを丁寧に舐めるサキ。見ようによっては物凄く卑猥だ。

「ごちそうさまでした。」

 ご満悦顔のサキ。

「お粗末様でした。」

 マユリも挨拶を返す。何はともあれ、満足してくれてよかった。

「じゃあ私、帰るわね。後一時間、自習でお願いします。」

 !!!!

「えっ、だってまだ・・・」

 ハルカはサキを止めようとする。しかし・・・

「余韻が残っているうちに早く帰りたいの!」

 キレられた。

 家に帰って何するつもりなの?

「さようなら。」

 そそくさと去っていくサキ。残った四人は家に帰った後のサキの様子をあまり考えないようにしながら、ミカの部屋へと戻るのであった。

 

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