第36話 人選ミスだったのでは?

 ヒメノに構いすぎて、昼食の時間がほぼ無くなってしまったマユリ達。出来るだけ手早く食事を済ませ、午後の勉強に臨む。今席に座っているのはマユリ、ハルカ、ヒメノだけ。ミカはというと、どういうわけかドアの前に立っていた。何やら思惑があるようだ。

「先輩達。ビックリしないでくださいね。実は今日、特別に先生を呼びました!」

 ?ん?先生?家庭教師でも呼んだのだろうか。

「この方です!どうぞお入りください!」

 ミカはゆっくりとドアを開けていく。そこに立つのは・・・

「サキ先生?」

 驚きの声をあげたマユリ。ハルカも驚いている。しかしヒメノは首を傾げていた。学校が違うため、サキとは面識がなかったのだ。

「こんにちは二人とも。そっちの子は・・・はじめましてよね。どうも、マユリさん達が通う学校の保険医のサキよ。宜しくね。」

 軽く挨拶を済ませるサキ。ヒメノはとりあえず頭を下げる。

「ヒメノです。ミカとは幼稚園からの付き合いで、今日は飛び入りで参加させてもらってます。」

 突然現れた年上の女性に、少し警戒しつつも自己紹介した。

「今日の勉強会のこと話したら、是非勉強教えたいって言ってくれて、じゃあどうぞってことになって来てもらっちゃいました。」

 心から感謝しているミカ。サキとしては、マユリがいるからきたかっただけなのだが・・・

「サキ先生すごいんですよ。保険医でありながら現代文と数学を教えることが出来るんです。」

 おお~っと感心するマユリとハルカ。二人にとっては初耳の情報だった。特に数学に関してはマユリのウィークポイント。是非とも教わりたいところだ。

 サキはいつの間にか用意された教壇に立ち、授業開始の挨拶をする。

「それではよろしくお願いします。」

『お願いします!』

 四人は元気に挨拶を返す。

「じゃあまずは教科書を配ります。」

 そう言うとサキは、A4サイズほどの大きさのバッグの中から文庫本を5冊取り出し、その内の4冊をそれぞれに配った。


 学校の教科書を使う訳じゃないんだ。


 少し斬新な感じがしたが、その文庫本のタイトルを見てマユリとハルカは固まってしまった。


 『女教師と女生徒 人には言えないほどの淫らな情事』


 どう考えても官能小説丸出しのタイトルだった。

 引くマユリとハルカに対して、ミカとヒメノは目を輝かせていた。それもそのはず。この本は女性にはあまりにも有名で、しかし中々手にいれることが出来ない代物だったのだ。その内容の過激さ故に、初版で販売停止。金持ちのミカやヒメノであっても、未だ買うことができなかったのである。それを自分の分も含めて五冊も持ってるなんて・・・サキは一体何者なのだろう。そして、何を思ってサキはこれを教科書に選んだのだろう。いや、そこは分かっている。おそらくこの本をマユリに読ませて、自分を意識させるためなのだろう。

「28ページを開いてください。」

 早速指示を出すサキ。そしてその中の一文を読み上げる。

「女教師は少女の後をつけた。彼女の隙を狙うかのように。」

 明らかに犯罪を匂わすような文章だが、これはこの小説のまだほんの入り口に過ぎなかった。

「ここでは女教師の内面が少しだけ見えます。59ページにはもっとあからさまに彼女の本性が現れる場面があります。ではミカさん、どこだと思いますか?読んでみてください。」

 ミカに問題をふるサキ。ミカは少し考えた。

「ここかな。女生徒がお風呂に入っている間に、女教師は自分も裸になりこっそり彼女の背後に立った。もちろん女生徒は女教師が家にいることを知らない。」

 淡々と読み上げるミカ。

 ・・・怖いよ!スリラー小説ですか?これ。

「はい。そうですね。この女教師の狂気が垣間見えた文章でした。では次、95ページをマユリさん読んでください。」

 今度はマユリにふるサキ。何の疑いもなく読み始めたマユリだったが・・・

「目を閉じて待つ女生徒に女教師は、く、唇を重ねた。折れそうな柔らかい身体を強く抱きしめ、唇を重ね続けた。そして・・・」

 言葉が続かない。それもそうだろう。この後の文章はいくらなんでも刺激が強すぎる。黙読でも顔を赤くしてしまうような内容なのに、それを音読で読めと言うのだ。

「・・・無理です。ごめんなさい。」

 思わず謝ってしまうマユリ。別に謝る必要はないのだが・・・

 そんなマユリの恥ずかしそうにしている顔を見て、サキは興奮してしまっていた。ミカ、ヒメノも鼻息を荒くしている。

「わかりました。では別のページを読んでもらいましょう。182ページから190ページまでを読んでください。」

 欲望を抑えられないサキは、更に求めてしまう。言われるまま、ページを広げるマユリ。


 うわぁ・・・


 またしても性的描写が刺激的過ぎる内容の場面だった。マユリは頑張って読み始める。

「お、女教師は生まれたままの姿になった少女に覆い被さると、その未熟な、ちっ乳房に舌を・・・」

「はいストーップ!!」

 慌てて止めに入るハルカ。それ以上、マユリの口から卑猥な言葉を聞きたくなかったのだ。見ると、マユリは涙目になっている。ハルカはキッとサキを睨み付けた。

「先生ひどいですよ!同性とはいえ完全なセクハラです!マユリを見てください。辛そうじゃないですか!」

 そう言われ息荒く興奮していたサキは、マユリの悲しげな顔を見てハッと我に帰る。


 いけないいけない!私なんてことを・・・これじゃ・・・このままじゃマユリさんに嫌われちゃうわ!


「ごめんなさい!マユリさんを苦しめるつもりは無かったの!もうそんな本は燃やしちゃっていいから!ねっ、許して!」

「・・・はい。」

 頑張って笑顔で答えるマユリに、救われた思いのサキ。ハルカは、ミカとヒメノにも鋭い眼光を送る。

「あんた達も!何鼻息荒くしてるの!マユリ嫌になって帰っちゃうかもよ?それでもいいの?」

 よくない!ここでやっと我に帰ることができたミカとヒメノ。その直後、罪悪感が二人を襲う。


 先輩があんなに辛そうにしてたのにあたしってば・・・最低だ・・・


 マユリさんのあんな顔見て興奮していたなんて・・・オレは何考えてんだ!


 それぞれが反省の念をマユリに送る。

「もういいから。授業再開しよ。」

 何事もなかったかのように笑顔を振る舞ってくれるマユリ。


 女神様・・・ありがとうございます。


 3人は心からそう思えた。本当ならもっと怒ってもいいようなものだ。なのにマユリはその深い慈悲の心で許してくれたのだ。

 この思いに答えなくてはいけない。3人は心を入れ換えた。

 ・・・つもりだったのだが、この後もやらかしてしまうのであった。


 

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