第32話 姉を何とかしてください

 朝8時30分。マユリ宅に着いたハルカ。門の前では、マユリが大きめのリュックを背負って待っていた。

「おはようハルカ。あれ?ナツミさんも一緒?」

 もちろんナツミと面識のあるマユリ。だが、何故一緒に来ているのか疑問だった。

「なんかね、あたしが嘘言ってないか確かめるために付いてきちゃったの。」

 ため息をつきながらハルカは言う。姉は妹の不純異性交遊を疑っているのだ。しかしそれも的外れで終わった。

「おはようマユリちゃん。相変わらず美人さんだね。」

 思ったことをそのまま口にするナツミ。

「いえいえ。ナツミさんこそ今日も美しいですね。」

 マユリも正直に返す。確かにナツミは美人だった。肩より少し長めに切り揃えられた艶々の髪の毛。知的さが醸し出されたキリッとした瞳。ハルカよりも長身でとてもスタイルがよく、バストも小振りのスイカほどあった。それ故に、以前読者モデルもしたことがあるらしい。

 マユリとナツミがお互いを誉め合う最中、玄関の方で動きがあった。

「姉ちゃん。明日何時頃帰ってくるんだ?」

 そう言いながら、姉の様子を見に来るイサム。こちらもまた、姉を疑っていたのだ。

「おはよう。あれ?もしかしてお姉ちゃんのこと疑ってたの?大丈夫だよ。あたしと後輩の女の子の家に泊まりにいくだけだから。それとも、寂しくなっちゃったのかな?」

 少しからかい口調で言うハルカ。

 ギクッ!

 図星を突かれたイサム。疑っていたし、寂しくもあったのだ。

「お、おはようイサム君。げ、元気?」

 おどおどと、しかし年上っぽくイサムに声をかけるナツミ。イサムはジーっとナツミの顔を見つめる。

「おはようございます。えっと・・・あっ、確かハルカさんのお姉さんですよね。」

 

 きゃ~🖤覚えててくれたぁ🖤


 顔がとろけるナツミ。デレデレだ。もう、今すぐにでも抱き締めたい気持ちを精一杯押さえる。


 かっこかわいい~🖤ああ、お姉さんがあんなことやこんなこと、手取り足取り教えたいよぉ🖤


 もちろんナツミにそんなことを教えられる経験値など無いのだが、それでも卑猥なことを妄想し、善からぬことを考えてしまっていた。・・・どこかミカに似ている。

 そんな姉を冷やかに見つめるハルカ。

「ナツ姉・・・もういいでしょ。早く帰ってよ。」

 ハルカはナツミの本当の目的に気付いていた。あわよくばイサムと会えるかもしれないからついてきたのだ。目的は果たしたのだから早く帰ってほしかったのだが、ナツミはイサムにアプローチをし始める。

「ねえねえイサム君さ。好きな食べ物は何なの?今度お姉さんが食べにつれてってあげる🖤」

 デートのお誘いだ。マユリの前でよくまあ言えるものだとハルカは思った。

「ありがとうございます。でも・・・彼氏さんに悪いですよ。」

「えっ?」

 ドキッとするナツミ。


 まさか・・・


「何回か男性と歩いてるの見かけたことありますけど、彼氏さんですよね。まあ見る度違う人でしたけど・・・」

 やはり見られていたのだ。しかも複数回。もしかしたら尻軽女に思われているのかもしれない。焦るナツミ。

「いや、あれは違うの。あの人達はちゃんとした彼氏とかじゃなくて、あの・・・その・・・」

 アワアワしながらハルカに救いの目を向ける。ハルカはため息をついた。だから大人しく帰ってればよかったのに。仕方なく姉をフォローするハルカ。

「ナツ姉が恋多い女みたいに思っちゃうかも知れないけど、その男の人達とは何もないんだよ。ただ本気で好きになれる人を探してるだけだから。」

 虚偽のない、いいフォローだ。ただ一点だけ違うのは、もう本気で好きな人が目の前にいるということだけ。

「そ、そうなんだよ。みんなあたしとふしだらなことをするのが目的で近づいてきた輩ばっかりだから。やだよねぇ。」

「そうですよね。そういう男の人って多いですよね。ボクだったらそういうやつは投げ飛ばしちゃいますけど。」

 マユリもひどく同意件らしい。にこやかに言うマユリとナツミだったが、イサムは真剣な顔をしていた。

「ナツミさん、ひどい目に合わされたこと・・・あるんですか?」

 ザワッと殺気が辺りに流れる。

「な、ないよ。」

 あまりの迫力に、言葉を詰まらせながらナツミは答えた。

「ならよかった。」

 安心するイサム。重苦しい空気が晴れていった。女性が男にひどい目に合わされることを、イサムは何よりも嫌悪していたのだ。姉と妹がいることもあるのだろう。女性を乱暴する男をどうしても許せないのだ。男が女よりも筋肉がつきやすく、腕力があるようにできているのは、きっと女性を守るためなのだ。そうイサムは思って生きてきた。

「大丈夫、安心して。だってあたしまだしょ・・・」

 そこまで言いかけ、途中で言葉を飲み込むナツミ。イサムも男性だ。もし経験0だと知られたら、引いてしまうかもしれない。もちろん妹にも知られたくない。

「あ~あ。いい男なんて全然いないよね。でも、イサム君みたいな男の子なら本気で好きになれるかもしれないのになぁ。」

 しれっとイサムを口説くナツミ。ハルカはギョッとしてしまう。


 もう、ほんとに早く帰ってほしい・・・


「お世辞でも嬉しいですよ。じゃあ俺、家に戻るので。」

 ニコッと笑い軽く頭を下げ、玄関に戻っていくイサム。社交辞令と受け取ったらしい。

「あっ、ちょっと待って!今度本当に二人でご飯食べに行かない?も、もちろん食事だけだから。」

 半ば強引に誘うナツミ。イサムは少し考える素振りを見せる。

「・・・いいですよ。それじゃ、また。」

 予想外にも、イサムは誘いを受けたのだった。一番驚いたのはマユリだ。まさか弟が女性の誘いを受ける日が来るなんて・・・

 複雑な思いだったが、気心の知れるナツミならきっと大丈夫だろう。しかし・・・まさかとは思うが・・・ 

「きゃ~!やったやった~!」

 声をあげて喜ぶナツミ。そしてその様子のまま、余韻覚めやまぬ内に小躍りしながら帰っていく。その様子を呆然と見送るマユリとハルカ。

「もしかしてだけど、ナツミさんってイサムのこと・・・」

「・・・ごめん。マユリ。」

 本当に申し訳なさそうに言うハルカ。

 色々と思うところはあるが、二人はとりあえずミカ宅に向かうのであった。きっとこの事は、今夜の女子会でいいおかずになるだろう。

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