第31話 お泊まり勉強会前夜

〈 マユリ宅 〉


「よし、こんなもんかな。」

 着替えをリュックに詰め、一息つくマユリ。外泊なんて久しぶりだった。この話をしたとき、両親はすぐにOKを出してくれたのだが、何やら疑う弟と、ひたすら寂しがる妹を説得するのは一苦労だった。


 なんか、ちょっとドキドキしてきた・・・


 実はマユリ、ミカを家まで送っていくことはあっても中に入ったことはなかった。きっと凄く豪華絢爛な内装になっているに違いない。

「マユリ。ちょっといい?」

 母親が部屋に訪ねてきた。

「イサムが夕飯食べないから片付かないのよ。部屋から引きずり出してちょうだい。」

 引きこもり体質が抜けていない弟。マユリはため息をつき、母親を自室に残したまましぶしぶ弟の部屋へ向かう。


 今のうちに・・・


 母親はマユリのリュックの中から入っていた着替えを取り出し、隠し持っていた押し込む。


 ・・・悪く思わないでね。お母さんはあなたをちゃんとした女の子にしたいの・・・


 子を思う母心。しかし翌日の夜、マユリは大変な思いをするのであった。


〈 ミカ宅 〉


 20畳程ある自室の中をバタバタと忙しく走り回るミカ。片付けをしているのだ。


 これを見られたら、流石に嫌われちゃうかも・・・


 そう、部屋中に置かれたマユリ関連のグッズを隠しているのだ。マユリの写真。マユリの等身大パネル。マユリのフィギュア。マユリへの思いを綴った数十冊のノート。その他諸々だ。

 あくまでも健全なお泊まり会を予定しているミカ。しかし、それでも今回どうしてもやっておきたいことがあった。

 それは・・・

 ミカお気に入りの、猫の抱き枕をマユリに抱いてもらうこと。これにはかなりの勝算があった。マユリが猫好きというのは、マユリ好きには当たり前の情報。しれっと置いておけば必ず抱いてくれるだろう。

 だが問題もある。ハルカが抱いてしまうかもしれないということだ。別にミカは、女の子なら誰でも好きなわけではない。マユリだけなのだ。マユリだけのぬくもりがほしいのだ。


 二人が寝た後、こっそりマユリ先輩の近くに置いておこ・・・


 マユリとハルカよりも遅くまで起きていれば可能だ。マユリと夜を一緒に過ごすのであれば、どうせ悶々として眠れないに決まっている。もしかしたら・・・辛抱たまらず襲ってしまうかもしれない。いや、でもそれだけはしてはいけない。そんなことしてしまっては、もう二度と家に来てくれなくなるだろう。


 ああ、もう待ちきれないよぉ。


 もう眠れなくてもよかった。その時間も惜しいほど、マユリのことを思っていたかったのだ。


〈ハルカ宅〉


「明日は何着てこうかな~♪」

 ウキウキのハルカ。マユリとお泊まり旅行気分なのだ。ミカにしても、マユリを狙っているということ以外では、かわいい後輩だ。あのスケジュールを見る限り、遊び時間は十分にある。楽しい女子会を期待しているのだ。もしかするとミカ以上に楽しみにしているかもしれない。

「ハル~。楽しそうだねぇ。」

 ハルカの姉、ナツミが開いていた部屋のドアから顔を出しニヤニヤしながら妹を見ていた。

「もしかして、彼氏とデート?」

 そう言いながら、許可してもいないのに勝手に部屋の中に入ってくる。やはりそう思っていたか。

「そんなわけないないじゃん。マユリと後輩の家に泊まりにいくんだよ。もちろん後輩も女の子だよ。」

 嘘偽りのない答え。だが、それでもからかう姿勢のナツミ。

「へぇ~。マユリちゃんとねぇ。あんた、もしかして・・・そっち系?」

 ハルカとマユリの仲の良さを、いつも疑問に思っていたナツミ。明らかにただの友達に対する態度と違っているのだ。

「ちっ違うよ!何よ、そっち系って。ナツ姉こそ、彼氏はどうしたのよ。」

 話の流れを姉に替える妹。別にそういうのではないのだから何言われても別に構わないのだが、めんどくさかったのだ。

「そんなの、とっくに別れたわよ。」

 大学生のナツミは、男を取っ替え引っかえするような女だった。付き合っても一週間と持たない。何なら今までの彼氏達とは、手も繋がない内に別れていた。どいつもこいつもふしだらな事が目的で近づいてくる輩ばかりだったからだ。

「男なんてろくなのいないよね。それに比べてマユリちゃんなんて最高じゃない。かっこいいし、かわいいし、なんと言っても性格がいい。」

 マユリを大絶賛するナツミ。正直、ナツミはマユリもいける口だった。だが、それよりも・・・

「そうだ。マユリちゃんといえば・・・イサム君は元気なのかな?か、彼女とか出来てたりして・・・」

 ハルカから視線を外し、不安そうな顔でモジモジと聞くナツミ。マユリの弟だけあって、イサムもまた美少年だったりする。

「ん~ん。いないよ。相変わらずお姉ちゃん大好きっ子だからね。好きな子すらいないんじゃない?」

 さらっと言うハルカ。ほっとするナツミ。実はイサムの事が好きだった。一年前に一度会っただけなのだが、その時一目惚れしてしまったナツミ。色んな男性と付き合っていたのは、いざイサムと付き合うときの為の予行練習に過ぎなかった。なので元々、今まで付き合った彼氏らとは深い関係になるつもりは毛頭なかったのだ。

「そっかぁ。いないのかぁ。もぉ、しょうがないなぁ🖤」

 年の差は4歳。大学生と中学生だが、年齢差だけでいえば特に問題はないだろう。しかも、姉好きということであれば年上もありということ。付き合える可能性は十分にある。

「・・・何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い。」

 冷たい目で姉を見つめる妹。ナツミがイサムのことを好きなのは知ってはいたが、それは弟的な感じでだと思っていたハルカ。しかしこの反応を見る限り、どうやら異性として好きなようだ。

「ナツ姉・・・」

 近くにいる姉を、遠い目で見つめながら近づいていく妹。

「な、何よ。」

 思わず身構えてしまうナツミ。

「頑張ってね・・・」

 そう言い残し、部屋を去るハルカ。取り残されたナツミは何を思うのか・・・

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