63話 殉教者。


 63話 殉教者。


「それでも、守りたいと思うものがあった……失いたくないもの……」


 ぐつぐつと、静かに煮立つ。

 キンと静かに張り詰めながら、

 しかし、その奥では『無数の感情』が『割れる前の風船』みたいに膨らんでいる。


「……『愛しさ』なんていう『高尚な感情』を抱くほどに……大事だと思えるものがあった……『大事なもの』の『本当の大切さ』は、なくしてから気づく……そんな言葉があるが、俺にはわかっていた。無くす前から、自分にとってどれだけ大事だったか……わかっていたからこそ……これまで、ずっと、バカみたいに頑張ってきたんだ……」


 空気がピリついている。


 さっきまで煽り散らかしていたアルテマ・ウムルの顔が引きつっている。

 『センエースの怖さ』は、誰よりも理解している、という自負があったが、

 しかし、今、アルテマ・ウムルは強く思う。


 ――これまでの自分は、センエースの本当の怖さを、わずかも理解していなかった。


 今、センは、ウムルの前で、静かに、ボソボソつぶやいているだけ。

 特に、オーラと魔力を練り上げているわけでもなく、

 本当に、ただ立ち尽くしてボソついているだけだというのに、

 ウムルは、逃げ出したくなるほどの恐怖にかられていた。

 この静かな時間に、とてつもない恐怖を覚えている。


 そこで、センは、

 自分の胸に手をあてて、


「不出来な王で申し訳ない。こんな、バカで無能で無価値な俺だが……でも……これまで、必死に積み重ねた貯金があるから、できることはゼロじゃない……」


 センエースの存在感が、

 グっと、深くなった。


 これまででも、十分すぎるほどに深かったセンのオーラが、

 一段階、ギアを上げたように、存在感を増す。


 ――実は、ウムルから『反魂術が通じない』と聞いた時から、

 ずっと、頭が爆発しそうになるほど考えていた。


 いくつかの方法を思いついて、

 その中で、もっとも確実な方法を実行する覚悟を決めた。


「お前たちは、ゼノリカを守るために……つまりは、世界を守るために、必死になって、絶望と向き合い続けた。怖かっただろう。苦しかっただろう。そんな重たい痛みと向き合って、折れることなく、最後まで……死ぬまで……闘い続けたお前たちの覚悟に……俺は『俺の命』で寄り添いたい」


 さらに膨らんでいく。

 まるで、殉教者のような顔つきだった。


 センエースを知る者は、センの狂信者となるが、

 ゼノリカに対するセンエースも、なかなかの狂信者ぶりを見せている。



 ゼノリカを守るために、何十年も続いた地獄の戦争で最前線を張り続けた。

 ゼノリカを守るために、10000体ものバグと薬漬けで殺し合い続けた。

 ゼノリカを守るために、人の身でありながら神を相手に勇気を叫び続けた。



 壊れた狂信者でなければできないこと。

 これまでずっと、センは、殉教者でありつづけた。


 今日もまた、

 センはゼノリカの殉教者になる。

 彼の、『ゼノリカに対する狂い方』は、

 実のところ、


 『センエースを愛する狂信者』が束になっても敵わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る