84話 涙の訴え。

 84話 涙の訴え。


 センの命令で、終焉の呪縛を『図虚空が喰らいつくした』ため、

 紅院の体から苦痛は完全に消えさった。


 代わりに、


「うぼぉおっ……」


 センの全身を重たい絶望が包み込む。

 図虚空を使っている間は、

 常にダルさと吐き気を感じていたが、

 その質量が28パーセントぐらいアップした。


 どうにか、嘔吐は我慢しつつ、


「……おお、しんどい、しんどい……これは、キッツいな……けど……うん……まあ、いけないこともない……かな……」


 決して『苦しくない』というわけではない。

 紅院が感じた絶望よりも『弱くなっている』というわけではない。

 というか、もともとの呪縛と重なったことで、

 より、激しい絶望になっているのだが、


「いや、ムリか? きついな……ちょっと厳しいかな……いや……まあ……うん、ギリかな……ギリ、たえられる。なんとか、ギリ……」


 エゲつないほどの『絶望に対する耐性値』のおかげで、

 なんとか踏ん張ることが出来ている。


 常人だったら、このナイフを10秒持つだけで頭がバグるはずだが、

 センエースだから、ギリギリ、扱うことも可能となっている。

 本当におかしな男である。


 ――と、そこで、センは、紅院の全身をチラ見して、


(……幼児化の魔法……これは……『時間が経てば戻りそう』だから、今はいいや……つぅか、『図虚空でどうにか出来そうな感じ』じゃねぇし。そんなテクニカルな魔法は使えねぇ)


 まったく根拠はないのだが、

 なぜだか、そう思ったので、

 幼児化の件は放置するセン。


 と、そこで、

 紅院(幼女)は、


(……たす……かった……生きている……)


 自分が『救われた』という事を、

 ようやく理解した。


(……怖かった……苦しかった……痛かった……でも……もう、助かったんだ……)


 ゆえに、目から、当たり前のように、涙が流れた。

 まだ整理しきれていない感情が、目からこぼれた。

 泣いているというより、本当に、

 瞳から水がこぼれている――そんな感じ。


 ――そんな紅院の様子を受けて、

 『女性のガチ涙』が普通に苦手なセンは、


「……ぃや、あの……泣かれても……」


 普通に動揺する。

 『紅院の目からあふれる涙』は、

 時間経過にともない、どんどん質量を増していく。


「ちょ、こっち見ながら、無言で泣くのやめてくれない? 怖いんだよ。なに? その行動は、もしかして、『涙の訴え』的なアレか? 『助けにくるのが遅い』っていう抗議的なアレですか? ……いやいや……あのねぇ……」


 コホンと『流れ切断』のセキをはさんでから、

 紅院に向けて、センは、


「救援にくるのが遅くなったことは認めよう。しかし、俺は、別に『正式なレスキュー隊員』じゃないから、いくら泣かれようが、ここで己の力不足を謝罪することはしない! ハッキリ言うぞ! この空間にかけられていた次元ロックは、アホみたいに強固で、おまけに、迎撃システムがハンパなかったから、穴をあけるだけでも、すげぇ労力がかかった! レーザーに貫かれ、火炎放射に焼かれ、ヤリにつかれ、ギロチンに切断され……ほんとに、しんどかった! 断言するが、俺じゃなかったら、穴すら開けられなかっただろう!」


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