80話 砕けたプライドの守り方。

 80話 砕けたプライドの守り方。


「……ただの早熟……ただの秀才……僕は……」


 かすれた声で、

 うなだれたまま、


「……天才じゃなかった……」


 そのまま消えてしまうんじゃないか、

 と、思うほど小さく、

 ケムスはそうつぶやいた。



 ――世界最強の特殊部隊クリムゾンスターズのスカウトを断ったのは、

 結局のところ、自信がなかったから。



 勧誘を受けたあの日、

 ケムスは、クリムゾンスターズのリーダーである、

 『シューティング・ナイトスター』と対面し、模擬戦闘を行った。


 手も足も出なかった。

 『五大家の超人たちにも匹敵する』というウワサは伊達ではなかった。

 『どうあがいても、超えられない』とすら思った。


 あの日、ケムスのプライドは砕けた。

 最も大事な『未来の自分を誇る器』が砕け散った。


 あとに残ったのは、

 『15歳で存在値300』という、

 『稀(まれ)な数値』だけ。


 『五大家の血族じゃないのに、結構強い早熟の秀才』、

 それだけが、ケムスを示す記号になった。


 最後に残った『空っぽで薄っぺらなプライドのカケラ』までもが、

 『跡形もなく砕けてしまう』のを、ただ恐れた。


 無様におびえながら、

 こぼれおちないよう、

 その、何の価値もないカケラを、

 懐にしまい込んで抱きしめた。


 砕けたカケラの鋭利な部分が、

 ケムスの肉をキリキリと裂いたけれど、

 もはや、そんなものを気にするほど、

 彼女は敏感ではなくなっていた。


「成長速度が、人よりかなり早かっただけ……決して凡人ではなかったが……決して本物ではなかった……」


 本物の天才ばかりが集まる世界で生きていける自信がなかった。

 本物の天才ばかりが集まる世界に飛び込む勇気はなかった。


 本当は『世界を変えたい』などとは思っていない。

 そんなものは、単なる耳障(みみざわ)りのいい言い訳。


 ケムス・ディオグは、

 壁の前で立ち尽くして茫然としているだけの、

 思考停止した単なるお嬢さんでしかない。


 『全宮テラ』や『完全院リライト』につくより、

 『全宮ロコ』ぐらいが、自分程度には、

 『おさまりがいい』と、

 そんな風に思った。


 彼女が、ロコの勧誘を快諾した理由は、

 結局のところ、それだけの話。



「ハンパな才能というのは何よりも残酷だ……夢を見せるばかりで、現実を切り崩す力は与えてくれない……」



 ――などと、

 そんな、ふざけたコトをぬかす彼女に対し、

 ゲンは、


「テンション高ぇなぁ。たかが一回スランプに入ったぐらいで、大げさに嘆くなよ。言っておくが、世の中にいるやつの大半は、お前よりもはるかに才能がないんだぞ。そいつらの気持ちも、ちょっとは考えて発言しろよ」


「まっすぐな凡人だったなら、無様に悩み苦しんだりしない。……僕が見ている世界は、本物の天才という領域。頂上を求めて、必死に積んできて、けれど、ある日、突然、自分はただの秀才でしかないと思い知らされた……」


 『壁のぼり』をイメージすれば、

 多少は、ケムスの痛みが理解できるかもしれない。


 当たり前の話だが、高いところまで登ってから落ちた方がダメージは大きい。


「ただの凡夫であったなら、何も悩みはしないだろう。しかし、僕は違った。物心つく前から、可能性だけは目の前にチラついていた。だから必死にもがいて、駆け上がった。脇目も振らず、必死に、迷わず、盲目に……届くと信じて手を伸ばし続けた。そこらの凡人の十倍、百倍、千倍、万倍の努力をつんだ!」

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