77話 自分だけのたからもの。

 77話 自分だけのたからもの。


「君のようなハンパなクソガキが、僕に対して、上からモノを言うな! たかが秀才の分際で、天才のふりをするなよ、滑稽だ! 『本物の天才には敵わない』という現実の前で無様に立ち尽くせ! それが、凡庸な秀才の天命だ!」


 そう言ってから、

 ケムスは、剣をきらめかせた。


 さらに、数分間続く剣戟。

 たがいに、一歩も引かない剣の応酬。


 その中で、ケムスは気づく。


(……ど、どんどんキレてくる……)


 ゲンの動きが洗練されていくのを、肌で感じた。

 どんどん、ヒリついていく。

 冷や汗が背中を伝う。


 さらに、ケムスは気づく。


(このガキ……僕を糧に……自分を磨いている)



「感謝するよ、ケムス。あんたの剣は確かに本物だ。俺の器に、あんたの型が注がれていくのを感じる。足りなかったピースが埋まっていく。俺はもう一歩、強くなれる」



 ゲンは加速する。

 踏み込み足に想いを込めて、

 不自由な体躯と四肢を、

 ほんの少しだけ、

 『自由な円』に近づけていく。


 ――ゲンは、かがやく。

 しなやかに、のびやかに、

 ぴかぴかうたう。


「俺ごときには本気になれないという、その『薄(うす)ら寒いプライド』ごと飲み込んで、俺はもう一歩、高く飛ぶ!」


 ゲンは加速する。

 ありえないほどの速度で磨かれていく。


 次第に、ケムスは、


(……くっ……)


 切り崩されていく。


 徐々に、徐々に、

 ゲンの刃は、ケムスの喉元へと迫っている。


「くぅ!!」


 そして、ついに、


「鬱陶しいんだよぉおおお!」


 ケムスは、魔力を解放させた。


 ここまでは、『縛りの一環』として、

 ゲンとの剣戟において、

 魔力やオーラの使用を極力抑えていたが、


「僕がその気になればぁあああ!」


 存在値の暴力にモノを言わせ、

 魔法で空間を移動する。

 速度に勢いを乗せて、

 次元を跳躍しながら、

 ゲンの背後をとる。


 殺す気全開で、ゲンの首めがけて剣をふるう。




 ――完全に切り飛ばした、




 と、思ったが、


 半身になったゲンが、


「むき出しだな……それでいい」


 そうつぶやいた、

 と、

 ケムスが認識すると同時、


 気づいた時には、

 刃が重なり合っていた。


 鋼(はがね)が叫ぶ。

 火花が散って、

 むき出しの魂が弾け合う。


「見えるぞ、ケムス……今、俺の目には、あんたの剣が映っている」


「……ど、どうして……」


「努力したからさ。欲しいものがあったから。望む未来があったから。だから、俺は必死になって積んできた。その全部が、今の俺を支えている!」


 その叫びを受けると、

 ケムスは、ギリっと奥歯をかみしめた。


 鋼の叫びがやかましい戦場でも、

 その音だけは、やけに大きく響いた。


「そんな『当たり前』を、自分一人だけの宝物みたいに言うなぁ!」


 怒号は、ケムスの刃を鈍らせた。

 不可解な焦燥が、ケムスを縛る。


 ゆえに、一手おくれる。

 きわめて些細なミス。

 けれど、状況次第では致命的になりえるミス。


 ――だから、



「――ゲン・エクセレント――」



 すべてが悪い方につながって、

 ゆえに、ケムスの世界がグニャリとゆがんだ。


 グンと、一手深く、ふところに潜られて、

 ほんのわずかな時間『無防備になった左腕』が、

 気づけば、


 スパッッ!


 と、鋭利な音をたてて、さらわれて、宙を舞っていた。



「ぐぅううっ! あぁ!」

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