57話 荒れ球だけで勝てるほど武の世界はぬるくない。

 57話 荒れ球だけで勝てるほど武の世界はぬるくない。


(セイバーがいねぇ……どこに――)


 姿が消えたセイバーリッチ・プチの行方を、

 高速の眼球運動で探そうとした、

 と同時、


「暴れるしか能のない愚劣な獣に……調教を施してやる。格の違いを思い知れ」


 頭上に瞬間移動していたセイバーリッチ・プチが、



「ナイトメア・ジェットニー」



 流星のような飛び膝蹴りで、

 ゲンの首をヘシ折りにかかる。



「ぶへぁっっ!!」



 白目をむいて血をはくゲン。

 頸椎に多大なる負荷がかかる。


「ふん……『無策の暴走』は、香る程度のスパイスとして活用するなら、有効な一手にもなりえなくもないが、しかし『ソレしか手がない猛獣』など、闘い方を理解している者からすれば、ただのカモだ」


 荒れ球は確かに厄介だが、

 対処方法がないわけではない。


「暴走機関車のような『制御できていない動き』にも『特有のクセ』は出る。『雑な動き』というムーブをマクロでとらえれば、点としての細かい予測は不可能でも、線でとらえるぐらいでは可能」


「ぐぷへっ……はぁ、はぁ……」


 クラクラする頭をささえて、

 ゲンは、


「て、丁寧な解説、どうも。ただ、そう言われても……今の俺には、暴走することしか出来ねぇ。数千年ほど時間をくれるのなら『汎用性のある有効な戦術』ってやつも磨いてみるところだが、今、すぐに、それを実行できるほどの武の才能が、俺にはない……」


 ゲンは、努力を積めば、ある程度は出来るようになる。

 だが、努力を積んでいなければ、基本、も出来ない。


「……中学の時に塾が一緒だった『あの天才』なら……おそらく、この状況でも、華麗に対処しちまうんだろうが……俺では無理だ……」


 言いながら、

 ゲンは、

 しかし、

 両の拳をギュっと握りしめて、


「あいつに出来て俺に出来ないことは山ほどある……」


 その前提と向き合いながら、


「けど、俺にしか出来ないことも……きっと、ある……」


 その発言に対し、

 セイバーリッチ・プチは、


「たとえば?」


 などと、煽ってくる。

 いろいろな疑問や疑念などは全部シカトで、

 まっすぐな会話で世界を進めていく。



「たとえば……」



 言いながら、ゲンは、グっと奥歯をかみしめて、




「――サイコッッジョォカァァァァアアッッ!!」




 ギィインっと、ねじりあげるような音が、

 ゲンの中で、豪快にこだまする。

 と、同時、

 全身の全てが圧縮されたような気がした。


 脳がギニィイっと、押しつぶされるかのような感覚。

 『酷い二日酔い』を数千倍~数万倍にまで強化したかのような、

 命を放棄したくなる極限の圧迫感。


 極度の脱水、低血糖、

 寝不足、自律神経症状。


 激痛と躁鬱が、体内で、無慈悲な嵐になる。


 とにかく、身体に多大な負荷を与える様々な症状が、

 いっせいに襲い掛かってきて、全力で大暴れしている。


 耐えられるわけがない精神的圧迫。

 ゆえに、



「ぶおっほぉぉお!!」



 血の混じったゲロを吐き出し、

 白目をむいてのたうちまわる。


「かかかかか、解除、解除、解除ぉおおお!」


 音速の解除。

 極限の圧迫感から解放されたゲンは、


「ぶひゅー、ぶひゅー……うえっ……おぇ……しんど……いや、しんどっ! マジか、おい! きっつぅ! むりむりむりむり!」


 脂汗にまみれながら、

 何度となく深呼吸をくりかえす。


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