泥の味しかしない日。

 泥の味しかしない日。


『はっぴ、ばーすでー、でぃあ、つぅうう、ゆぅううううううう……じゃじゃーん。はい、おわり。さようなら』


「その短い歌すら、フル尺ではうたいたくねぇっていう、お前の気持ちは痛いほど伝わってきたが、とりあえず、もう少し、俺に付き合ってくれ」


『イヤでちゅよ。なんで、高貴なオイちゃんが、お兄(にぃ)みたいなド級の変態と付き合わなきゃいけないんでちゅか。夜景の綺麗なレストランでも予約して出直しなちゃい』


「予約はしてあるよ、毎年のことだからな」


 誕生日には、大概、

 一日の大半を、シューリと共に過ごすのが恒例になっている。


 諸事情で過ごせなかった日もあるのだが、

 そうなると、シューリがものすごい勢いでキレるので、

 何があろうと、どうにかして、

 誕生日は一緒に過ごそうと、毎年、色々と調節している。


『去年の店はいやでちゅよ。あそこ、スタッフの態度が最悪でちゅから』


「……予約する際の手間を減らそうと、お前の名前を出したのがマズかったよなぁ……まさか、あそこまでのガクブルで緊張するとは……」


 最上位アルファの中でも別段格式高い店を予約するとなれば、

 いろいろと、手順から何から面倒で、

 身分を偽ったまま予約を取ろうとすると、本当に大変なのだが、

 しかし、去年は、センが、うっかり、自分の誕生日を忘れてしまい、


『やべぇ……あの店、予約しておくようにって、シューリに言われていたのをスッカリ忘れていた』


 シューリがメインのイベントだったなら、

 流石のセンでも不義理に忘れたりはしないのだが、

 正直、センは、自分の誕生日に興味がないので、

 自分メインの約束となると、

 簡単に記憶から遠のいてしまうのだ。


『……どうしよう……さすがに、もう無理だよな……んー……しゃーねぇ……あまり使いたくない手だが……酒神終理の名前で予約しよう……』


 直前で、

 それも、五聖命王の中でも、ひときわ『性格に難がある』と、

 上流階級ではまことしやかに噂になっている『難神』――酒神終理。

 そんな厄介な神をもてなさなければいけなくなったとなり、

 さすがの超一流レストランの超一流スタッフも大慌て。


 沙良想衆クラスを相手取っても鼻歌交じりという、

 超一流の熟練ギャルソンが、あまりの緊張で、

 当日は、朝から嘔吐とゲリを繰り返した。


 『ワインについてなら、神が相手でもマウントをとれる』と豪語した、

 世界最高峰のソムリエも、その日ばかりは、

 何を口に含んでも、泥の味しかしなかった。


 当然、その日の食事は散々な結果になり、

 流れるように、シューリ、大激怒。


 ※ 店側は、決して、

   取り返しのつかない超大失態を犯した、

   というワケではないのだが、

   一食で数億(もちろん貸し切り)をとっておきながら、

   『その値段にふさわしい完全なもてなし』をしてもらえた、

   とは、とてもじゃないが言いがたい結果だった。


   シューリ大激怒の件も、

   バチギレで大暴れした、とかそういうワケではなく、

   静かにシッカリと不機嫌になった感じ。



「もちろん、去年とは違う店だよ。何度も迷惑はかけられねぇ。俺は、民間人に嫌がらせするために王になったわけじゃねぇ」

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