エンディングノート(遺書)

エンディングノート(遺書)


「平熱マン・スラ――」

「その愚直さが通用するのは、お前よりも『少し強い者』までだ。俺には届かない」


 センは、

 サラリと、平熱マンのふところにもぐりこみ、

 まったく力の流れを感じさせることなく、

 平熱マンに、ほとんど触れることもなく、


 フワリと、

 平熱マンを背負って投げた。


 まるで、体育の授業で行われる教師の実演。

 ケガをさせないように・力をこめないように、

 細心の注意が払われた、背負い投げ。



 だから、平は、うめき声の一つも出さなかった。

 少し驚いて、それで終わりだった。


「――っ」


 痛みも衝撃もない。

 ただ、ぬるりと投げられただけ。

 だから、

 すぐに立ち上がって、反撃しようとした――が、


「っ」


 動けなかった。

 意識はある。

 痛みはない。

 だが、動けない。


(……血だけではなく、オーラも止められた……)


 ――そんなに難しい話ではない。

 先ほどのように、陽気だけを停滞させられたのではなく、

 陰陽まとめて調和を崩された。

 それだけ。


 センは、平熱マンを投げると同時に、

 『停滞の気当て』を放った。

 ズレるように、歪むように、混沌を背負うように。

 だから、正確には止まったのではなく、停滞している。


 停滞の気当ては、特に難しい必殺技ではなく、

 気功術の初歩の初歩。

 オーラの運用術で最初に学ぶ技法。


 非常にシンプルな技だが、

 効果は絶大。


 まるで、ジョーにアッパーを決められたボクサーみたいに、

 意識はハッキリしているし、

 戦意は十分だし、

 痛みも何もないのに、


 ――体が言う事を聞いてくれない。



「……よくわかっただろ。これが『センエース』だ」



 天から降り注ぐ言葉。

 究極超神センエースは、どこまでも雄大に、尊大に、

 少しだけ乱れた衣服をパパっと正し、

 平熱マンに背を向けて、


「お前の負け。これ以上の譲歩はしない」


 切り捨てるようにそう言ってから、


「それでは、先ほどの命令を実行に移せ。俺は、少し遠出して、この世界の全体像を見てくる」


 淡々と事務的にそう言った。


 その間も、平熱マンは、必死に体を動かそうとしているが、

 しかし、まったく言う事を聞いてくれない。


(こ、ここまで深く停滞させられるなんて……ゆ、指一本……わずかも……な、なさけない! いや、自己嫌悪をしているヒマなどない! どうにか! どうにかして、動くんだ! くっ……動けぇ! 頼む! ……師が……師が行ってしまう!)


 焦燥・不安、

 そして自分の弱さに対する怒り。


 だから、よけいに気が乱れて停滞はより強くなる。


 そんな平熱マンに、

 センが言う。



「そうだ。一つだけ言っておく」



 簡単なことのように、

 なんでもないことのように、

 偉大なる神は言う。


「万が一……まあ、そんな事はありえないんだ……が、しかし」


 慎重に、

 言葉を厳選しながら、

 神は、






「……けど、もし俺が殺されたら、以降は、シューリがゼノリカの頂点だ」






 『その言葉』が耳に届いた瞬間、

 平の心臓にビリっと電気が流れた。


 痛い。

 苦しい。


 ――想像するだけで死にそうなほどの絶望。


 そんな平に、

 センは続けて、



「シューリは俺より要領も器量もいい。俺なんかよりも、ずっと優秀な指導者になってくれるだろう。シューリの言う事を聞いていたら間違いはない。なんせ、あの女神は『どこにでもいるただのボッチ』を『神の王』にした女だ。ハンパじゃない」



 と、デリカシー皆無の発言をする。


「ありえないことだが……仮に、俺程度が死んだとしても、そんなことは、ゼノリカにとって大した問題ではない。だから、俺ごときの心配とかするな。俺風情が消えてもゼノリカに支障はないから」


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