絶対にイヤだ。

絶対にイヤだ。


「シューリは俺より要領も器量もいい。俺なんかよりも、ずっと優秀な指導者になってくれるだろう。こいつの言う事を聞いていたら間違いはない。つまりは、仮に、俺が死んだとしても、そんなことは、ゼノリカにとって大した問題ではないってこと。だから、俺の心配とかするな。大丈夫だから」


 一拍の沈黙が流れた。

 1秒ちょっとの、わずかな時間。


 その重たい1秒の直後、

 平が、大粒の涙を流しながら、


「……い、やだ……」


 心の声を漏らした。

 悲鳴、慟哭……どんな言葉で飾っても表現しきれない、

 『心の痛み』――その具現。


「絶対に……イヤだ……」


 ボロボロと、

 とても超越者とは思えない、

 子供でもそうそう流さない、濁流のような涙。


 それを受けて、

 センは、普通に動揺して、

 だから、頭をかき、

 丁寧に言葉を練り上げて、


「そんなに嫌ってやるなよ。確かに、シューリは、ちょっとメンドくさいところがある厄介な女だが、実際、俺よりもはるかに優秀で――」


 などと、

 完全にズレたコトをぬかしている神に、

 平は叫ぶ。






「あなたを失いたくない!!」






 セキが切れたように、


「あなただけがボクの神! その背中だけを追い続けて、ボクは、今日まで生きてきた! もし、その背中を失ってしまったら! ボクは『すべてのボク』を失ってしまう!」


「なんでやねん………………こんなシンプルにつっこませるなよ、はずかしい。俺が死んでもお前は――」


「何もわかっていない! 師は! あなたは! 自分の価値が! その尊さが! 何一つわかっていない!」


 平はブチ切れていた。

 『わからずやの神』に対して、あふれる怒りが止まらない。


 平の心情を言葉にすれば、次の通り。


 ――『自分の心臓』が『体の外』へと飛び出して、

 『猛獣だらけのサバンナ』に遊びにいこうとしている――


 護衛をつけたくなる気持ちは当然。

 しかし、神はそんな平の心情が理解できない。


 神はいつだってそう。

 『己の強さ』は理解していても、

 『己の価値』はまるで理解していない。


 全知全能どころか、自分のことさえわかっていないのに、何が神か。


「わずかでも! 1%でも! たとえ、0.0000000000000001%という『万が一』を遥かに下回る『天文学的な低確率』だったとしても! 『あなたを失う可能性』が僅かでもあるのなら、ボクはあなたの盾になりたい! 希望や願望の話じゃないんだ! これは命の義務! ボクという個における絶対的な魂の勅命! ボクは絶対に、『あなたを守って死ぬ盾』にならなければいけないんだぁあああ!!」


「イカれてんな……お前が『俺の弟子』じゃなかったら、とっくに背を向けて逃げ出しているところだぞ。怖すぎる」


 『狂信者仲間』の『熱い発言』に対し、

 アダムが『うんうん』と頷いているのも怖すぎた。


 『いったいなにがお前たちをそこまで掻き立てるんだ』と心の中でつぶやく神。


 そんな神に、

 平熱マンは、


「師を守るための力が欲しい!」


 望みを叫ぶ。

 『それ以外はいらない』という覚悟を込めて。


「せめて盾になれる力が! 『それ以外』は『何も』いらない! 『これまでに磨いてきた力』が通じないというのなら『それ以上のイカれた何か』を望むまでぇええええ!」


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