砂漠のシーバン。

砂漠のシーバン。


「……もういいだろ。わかったはずだ。お前じゃ、どうあがいても、俺には勝てない。お前はもう終わった。いいかげん――」


 『いい加減折れろ』と命じようとして、


 けれど、そこで、

 センBは、


「……なにいってんだ、バカが……ここからだろうが……」


 フラつきながらも、

 膝を地面から離し、


「この『いやがらせ地獄』の『先』に待っているんだ。……『今の俺を置き去りにした俺』が……『今の俺より強い俺』が首を長くして待っているんだ……だから、止まらねぇ……止まってやらねぇ」


 そう言って、両の拳をギュっとにぎりしめる。

 センBの目には、わずかな淀みもない。

 澄んでいて、中は燃えている。



 それを見て、

 シーバンは、


(たかが分身の分際で、兄貴みたいな目しやがって……)


 自分の兄を思い出す。

 おそろしく優秀で、高潔で、

 しかし、それがゆえに『世界という理不尽』に対し苦しんでいた兄の目。



『どうすれば、世界を変えられる……

  このカスみたいな世界を……どうすれば……

     ……俺にできることはなんだ……』



 シーバンの兄『サーバン』は、ガキの頃からずっと、くだらないことに悩んでいた。

 トーン共和国の中枢『クリアランス家』と対をなす『サバーニャ家』に生まれ、

 歴代でもトップクラスの武才を有し、主席のカバノンなんかよりもよっぽど賢くて、

 だから、望めばなんでも手に入るのに、サーバンは、いつだって、

 その澄んだ瞳で、『ここではないどこか』をにらみつけていた。


 そして、その大きな背中を、

 シーバンはずっと追い続けてきた。


 ――センBは、

 黄昏(たそがれ)ているシーバンをにらみながら、




「――さぁ、行くぞ、砂漠のガアラ! お前を超えて、俺は『俺の先』に行く!」




「……シーバンだ。誰だ、ガアラって」


 言いながら、

 シーバンは、

 『殴り掛かってきたセンB』の拳をスルリと避けて、

 センBの腹部にガツンと膝をいれた。


「ふぐぅ!」


「もう、お前の動きは見切った。お前は弱いが、数値よりは強い。それは認めてやる。なかなかいない『鉄火場に強い』タイプ。『血圧が高くなると、少しだけ動きの切れがよくなる』。非常に怖いタイプ。しかし……わかってしまえば、あとは適切に対処して終了。もう、お前の拳は、二度と俺には届かない」


「このぼけ……なに、ガチンコで対策してきてんだ、空気よめよ……お前の方が圧倒的に強いんだから、『ようすをみている』とか『わらっている』のターンをはさんでこいよ。俺がかわいそうだろ」


「何を言っているのかわからんが……で? まだやるのか?」


「あたりまえだろ。俺(センエース)が勝つまで闘いは続く。それがこの世界の真理なんだよ」


「……そんなふざけた真理があってたまるか」


 などと言い合っている間も戦闘は続いていた。

 戦闘というか、殴り合い。

 ほとんどボクシング。

 ――ボクシングというか、スパーリング。

 両者の間にある差は、

 『ヘビー級のチャンピオン』と『ジムに見学に来た中学生』くらい。


「……そんなに冒険の書が大事か? いや、もちろん、冒険の書は大事なものだが『絶対に勝てないと分かっている相手』に血相を変えてまで挑まなければならないほどのものか?」


「俺にとってはそうでもねぇよ……けど、あんたにとっては、そのぐらいの価値があるんだろう。なんせ、どこかの物好きに売れば『かなりでかい孤児院』でも1000年ぐらいは余裕で運営していける金が手に入る代物だからな」


「……っ」

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