死ねばいいのに。

死ねばいいのに。


「なんで、あの女だけ……あんなにめぐまれているの? ゆるせない……こんな理不尽……こんな不条理……」


 鈍器のようなネガティブにボコられて、どんどん、パっと見の印象が悪くなるアスカの表情。

 心の奥から、黒い何かが沸きあがってくる。


 核分裂のように、膨らみ続ける膨大な嫉妬心。

 とまらない。

 頭の中が、どんどん、ジットリとした重たい熱に支配されていく。

 どんよりと、どこまでも黒く、邪悪な湿気を帯びて、


 ――彼女は気付かなかったが、

 この時、

 胸に刻まれた『黒いキズ』がわずかに光った。



「……きらい……きらい……」



 握った拳。

 少し長いツメが掌を刺す。

 ジワリと滲む血。

 赤に、純度の高い漆黒が混じった、鈍い色――


 鏡にうつるアスカの目は黒く充血しており、

 歯がむき出しになっていた。

 出っ歯と言えるほどではないが、わずかに、前歯の位置が悪い。

 その歯並びも、彼女のオーラを神秘化させている『絶妙なパーツ』の一つなのだが、彼女の視点ではそうじゃない。

 ただの、整っていない醜い歯でしかない。


 ――高瀬ナナノはそうじゃない。

 彼女の歯は、整っていて真っ白。

 笑顔を抜群に際立たせる宝石のよう。

 繭村アスカと違い、

 高瀬ナナノは美しい。


「……死ねばいいのに……」


 その声音には、本気の熱量がこめられていた。

 ガチンコの本音。

 特に珍しくない、女の嫉妬。

 そこから産まれる、本格派の殺意。


 『それ』を――アスカの中のネオバグは、目ざとく嗅ぎつける。






『――了解。その黒き願い、確かに承った』






 彼女の中で、ネオバグが笑う。

 邪悪で漆黒の微笑み。


 ……プツンと、

 アスカの意識は、そこで途絶えた。


 黒いキズが、

 アスカを飲み込んでいく。



 ★



 彼女が奪われたと同時、

 ウラスケは、妙な気配・異変に気付いた。

 わずかな波動。

 小さな歪み。


 ウラスケは、即座に、恥も外聞もなく、女子トイレに突入した。

 しかし、そこにアスカの姿はなく、


「ちっ」


 ウラスケは、すぐさま、メルクリウスを呼びだして、



「トランスフォーム・モード・ネメシスコード」



 変身すると同時、

 不可視化状態になって、周囲の捜索を始めた。



 ★



 ――一方、その頃、

 アスカは、迷いなく、一直線に、空を駆け、自分のクラスに突撃していた。

 狙いはただ一人。

 高瀬ナナノ。

 繭村アスカの敵。


「見つけたっ」


 ネオバグ・フィールドを展開しているので、黒いオーラに包まれている彼女の異変に誰も気づかない。


「……殺してやる」


 ギラリと、猛禽類のような鋭い視線でナナノをとらえると、

 アスカは、右手に力を込めた。

 黒いエネルギーがギニギニと音を立てて固形化していく。

 鋭い黒刃となった右手を振り上げて、

 ナナノに切りかかろうとした、

 その時、






「――やっぱ、あんたもそうだったんだ」






 ナナノの右手に、ナナノの『奥』から溢れでた黒いオーラが集結し、

 アスカの黒刃とそっくりの刃になった。


「――っ?!」


 ギィインッッ!!

 と、耳障りな音が響いた。

 黒刃と黒刃がぶつかりあう音。



「そんな気はしてた……確証はなかったけど、たぶん、そうなんだろうなって」



 アスカの黒刃をはじき返しながら、ナナノは、冷静にそうつぶやく。

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