繭村アスカの穢れ。

繭村アスカの穢れ。


(しかし、このアホは、どうして、こうもくだらん事しか喋られへんのやろうか……そうしてアホをさらし続けるより、黙っといた方が、社会にとってまだ有益やと思うんやけど……)



 などと、イライラしつつも、

 友人との談笑を続ける、忍耐力の塊ウラスケ。


 と、その時、

 まだ一限目の開始まで数分残っているところで、

 アスカが席を立って、教室を出た。

 それを横目に、

 ウラスケは、


「ションベン、いってくる」

「時間、大丈夫? 一時間目の山口、遅刻したらうるさいよ」

「問題ない。ゴチャゴチャ言ってきたら、渾身のアッパーカットをぶちこんで、ケツアゴにしたる」

「さすが、タナカッマン。ぼくらにはできないことを平然とやってのける。そこにしびれる、あこがれる」

「まだ実際にはやってへんから、しびれられても困るけどな」


 くだらない会話を終わらせてから、ウラスケは、

 ソっと、静かに、彼女の後ろをついていく。


 二人の距離が、絶妙に近づいたところで、

 アスカが、


「御手洗いまでついてくる気?」


「……ぼくは変態やない」


 そう前を置いてから、


「すぐに動ける範囲にはおるから、なんかあったら、大声出せよ」


「……うん」


 『女子トイレに入っていく美少女を見送る』という、変態ストーカー的な行動を取りながらも、しっかりと周囲を警戒しているウラスケ。




 ――アスカは、

 ウラスケの視界から外れたところで、


「はぁぁぁ……」


 と、深い溜息をついて、

 目の前にある鏡をジっと見つめた。


 登校途中で交わした『ウラスケとの会話』を思い出しながら、


「ひどい顔……かわいくない……吐きそう……」


 ボソっとそうつぶやいた。


 アスカは、自分の顔を『ブス』だとは認識していない。

 『ある程度、整っている』と自覚している。


 繭村アスカは、『完璧な美形』ではない。

 しかし、『パーツの組み合わせ』が『絶妙』であるため、ある種の神秘的なオーラが出ている。

 つまりは、激烈な人気が出るタイプのアイドル顔。

 全方位に幅広く好まれる顔ではないが、特定の層からは、熱烈に支持される恵まれたルックス。

 そのことを、彼女はキチンと自覚している。

 ――けれど、


「なんで、私は……こんな微妙な……」


 ギリっと奥歯をかみしめながら、そうつぶやく。

 『なぜ自分は神様のオーダーメイド』ではないのだろう、という贅沢な悩み。

 『こんなハンパな美少女ではなく、完璧な美少女だったらよかったのに』という、『ルックスに不具合を抱えている層』が耳にすれば、確定で『殺意まったなし』のふざけた悩みにさいなまれる。


「……ムカつく……イライラする……」


 贅沢だろうが、なんだろうが、

 当人にとって、悩みは悩み。


 人は悩む生き物。

 どれだけ恵まれていようと、絶対に、『何かしら』には悩む、難儀な生物。


「ナナノ……いやな女……」


 高瀬ナナノの顔を思い出すたびに、心がズンと重くなった。

 表情に、どんどん影がさす。


 ウラスケも言っていた通り、ナナノは、『マイナスがない美形』。

 ようするには、ド直球の美少女。


 『女性が憧れる顔ランキング』で全パーツ最上位が取れる、神のオーダーメイド。


「なんで、あの女だけ……あんな……」

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