挑発と牽制。

挑発と牽制。


「ちゃんと、答えなさい!」

「……落ち着け。ちょっと離れろ」


 異常に近かった距離を清算し、

 最低限のパーソナルスペースを確保すると、

 場を整えるように、一呼吸を入れてから、


「……お前がここにおることは、偶然。OK。それは理解した。お前の言い分は飲み込んだ。というわけで、いったん、ぼくの話に耳を貸そうか。あー、ごほん。まず……そもそもの話、なんで、ぼくの事情を高瀬に言わなアカンねん、と、ぼくなんかは、前提的にそう思ったりするわけで――」


 落ち着いて話をつけようとしているウラスケ。

 しかし、興奮しているナナノは、

 ウラスケと穏やかな会話をする気などないようで、


「昨日、いろいろ教えてあげたでしょ!」


 強い目と強い口調でそう叫んだ。

 ウラスケは、軽く頭を抱えて、ため息交じりに、


「昨日、色々と教えたんは、どちらかといえば、ボクの方で、そっちからの情報は非常に少なかったと記憶して――」


「とにかく!! 事情はキッチリと――」


 と、そこで、

 それまで静かだったアスカが、


「ナナノ」


 と、よく通る声で名前を言ってから、


「ナナノには関係のないことでしょ?」


 その、まるで『歴戦の剣豪が得意の居合切りでも披露した』かのような、バッサリとした発言を受けて、


 ――ナナノの顔から赤みが消えた。


 興奮状態が一周して、

 『女の深部』がヌルリと顔を出す。


 ヒステリーが限界値を超えた時、

 女は人間(ヒト)から修羅へと変わる。


 スっと、白く、冷たく、

 凍えるような声で、


「……随分と挑発的ね、アスカ」

「挑発? 意味が分からないわ」


 ビリビリと、互いの視線をぶつけあう。

 高まった感情は刀。

 ギラリと怪しく輝いて、空気を地獄色に染める。


 この地獄の中心にいるウラスケは、

 額にうかぶ冷や汗をぬぐいながら、


「いやいや、お前ら、なんでキレてんねん……お前らの間で何があったんや……いや、理由とかどうでもええ。この空気、耐えられへんから、ちょっと、お互いに、その目、やめぇ。今のお前ら、マジでやばいで。名のあるシリアルキラーでも裸足で逃げ出すんちゃうか? ほんまに勘弁してくれや。……はい、そこ、拳を握るんはヤメようか。いやいや、近づくな、近づくな。やめぇ、て! はい、やめ! ぼくの『女に対する幻想』をブチ殺すのはそこまでや!」


 必死になって、二人の間に入るウラスケの眼前で、

 ナナノは、一度、ギリっと奥歯を強く噛みしめてから、


「アスカ……今日、昼休み、屋上」


 そう言って、ウラスケたちに背を向けて、

 足早に、この場から去っていった。


 ウラスケは、戦慄したまま、彼女の背中が見えなくなるまで見送ったところで、

 アスカに視線を向けて、


「おいおい……なんや、なんや。マジで、どしたん?」


 うかがうように、腫れものに触るように、そう声をかけると、

 アスカは、冷静なすまし顔で、


「少し話があるって言われただけ。あなたは気にしなくていい。いつものことよ」


「……さっきみたいな地獄の空気が、いつものことなん?」


「そうよ。知らなかった? 女の子って、だいたい、みんな、あんな感じで会話をするわ。いわゆる、ひとつの、あるあるってやつね」


(そんな生き物、おってたまるか……)




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