救いのヒーロー。

救いのヒーロー。


「お前ら、いつも楽しそうでええなぁ。ワシ、そんな楽しそうに笑った事とかないから、ホンマに、お前らの人生が羨ましぃてしゃーないわ。ところで、突然やけど、世界中の皆と思い出を共有するって素敵やと思わん?」


「は? お前、誰? てか、なにを――」


「お前らが、そこのブスで遊んでいるシーン、羨まし過ぎて、つい録画してもうたんや。で、ものは相談なんやけど、この映像を、ワシのチャンネルで流させてもらってええかな? 別に問題はないよな。ちなみに、現状、ワシのチャンネルの登録者は二十万人くらい。こんな時のために、用意しておいてよかった、よかった。備えあれば嬉しいな。たくさんの視聴者に、君たちの青春の一ページを共有してもらって、おおいに楽しんでもらおう」


「てめぇ、何ナメた事言ってんだ。あんまり調子のって――」


「世界中の人間に、お前達の笑顔を見てもらう。 ああ、なんて素晴らしいんやろう」


「……や、やれるもんなら、やってみろよ。そんなクソみたいな脅しに俺が――」


「そこのデカいブスの口に、無理やりゴキブリの死骸を詰め込んだ、この傑作シーンなんて、喝采が起こるんちゃうか? そのブスの使用済み生理用品を展示した、この斬新極まりないファンタスティックショータイムなんて、ほんま最高やったから、劇的に鬼バズるはずや。想像するだけでも高揚が止まらへんわ」


「ヤバいぞ、工藤。脅しじゃない。こいつ、ガチで録画してる」


「お、お前、わかってんのか? それをネットに上げたりしたら、普通に犯罪だぞ。肖像権の侵害と、あと、脅迫だ。退学になるぞ。少年院にだって――」


「え、そうなん? 世知辛い世の中やなぁ。でも、まあ、しゃーないな。みんながハッピーになるためやもん。退学も逮捕も、甘んじて受けなな」


「おい、こいつ、目がイってる。ヤベぇぞ、完全にラリってやがる」


「さあ! ともに、吹き荒れること間違いない『いいね♪』の嵐に身を委ねようやないか。ぁ、そうや! まずは、お前らの親、この地区の市長、PTA会長、教育委員会の皆様方に、君らの花のような笑顔を見てもらおう。そうしよう、それがええ」


「わかった。降参だ。望みを聞く。だから……頼むから……やめてくれ」



 ★



(あいつが余計な事をしたせいで、あたしは、望む復讐を果たせなかった。死ぬこともできなかった。復讐と自殺の邪魔をしたあいつを、あたしは絶対に許さない。必ず殺す)


 ジュリアの人生は、トウシが動いてから変わった。

 まず、誰からも迫害されなくなった。


 そして、『とある理由』のために始めたダイエットが完璧に成功した。

 唯一の目的のために始めた体力作りと美容対策が絶大な効果をもたらした。


 パーフェクトな人生のリカバリー。

 いまや、彼女の評価は、校内ぶっちぎりトップの超絶美少女。

 学内美少女ランキングで二位以下を霞ませる怒涛のブッチ切りっぷりを披露。

 裏ではデカいファンクラブが作成されており、『彼女の冷たい視線を浴びる事だけが人生の生きがいだ』などとのたまう男子も少なくない。


 彼女の人生は軌道に乗った。

 それもこれもすべて、トウシのせい。

 絶対に許さない。



(タナカトウシ……絶対に殺してやる)



 その目的のために、彼女は、脂肪をそぎ落とした。

 毎晩かかさず美肌パックを装着するようになった。


 胸を大きくするため、女性ホルモンを大量に分泌させるために自分で毎朝最低二十分は揉むようになった。

 命であるキューティクルを完璧な状態に保つための方法は、この世に存在する全ての理論を試した。


 血反吐を吐きながら、完璧な美少女になるための訓練を積んだ。


 すべて、田中トウシを殺すため。

 すべての努力は、やつの息の根を確実に止めるためのもの。


(あたしの復讐と自殺を邪魔したあの男を、あたしは絶対に許さない)


 少しでもオシャレに見えるよう制服を改造したのも、やつを殺すため。

 スカートを短くしているのも、かわいく見えるよう仕草に気をつけるようになったのも、すべて、トウシを殺すため。


 美しくなることで、なにがどうなってトウシを殺せるのかは、イマイチよくわかっていない。だが、そんなことはどうでもいい。


 彼女の部屋の壁がトウシの盗撮写真で埋め尽くされているのも、もちろん、この殺意を風化させないためだ。


 たまに、ノートなどに、田中ジュリアなどと書いてみる行為も、すべては、トウシを殺すためのもの。

 その行為の何がどうなって、トウシを殺せるのかは、彼女自身も分かってはいないが、しかし、だけれど、つまりは、ゆえに、総じて、そういうことなのだ。



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