誰も薄毛の心配はしてねぇ。

誰も薄毛の心配はしてねぇ。


 と、そこで、


「お前ほどの力を召喚して……完全に、俺はヤバいと思うんだが……今のところ、なんともないんだよなぁ……」


 ピーツは尋ねる。


「なあ、教えてくれ。どうなってんだ? 俺は、既に魂魄を捧げたから、消えるんじゃねぇの? なぁ、そこんとこ、どうなの?」


 その問いかけを受けて、

 携帯ドラゴンは、クルっと背中を向けた。

 ペカーっと映し出されるエアウィンドウには、




『携帯ドラゴンのデータ移動程度で完全消耗するほど、センエースの魂魄は矮小ではありません。たとえ、超極少とはいえ』




 と表示されていた。


「……ワケわからん……お前、俺のナニ知ってんねん。そして、一文の中で矛盾してんぞ。矮小ではないけど、超極少? はぁ? ウチの携帯ドラゴンのウェルニッケ野に障害が起きてる件。――てか、お前が全部ささげる必要があるっつったんじゃねぇか。あと、今の俺は閃壱番じゃなく、ピーツなんだけど……もう、ツッコミところが多すぎて、俺のセリフが渋滞しているじゃねぇか。この有様、どうしてくれる」


 溜息をつきつつ、そう呟いた、その時、


 ゴゴゴっと、扉が開くような音が聞こえて、

 背後に、来た時と同じ、淡い光の道が出現した。


「……なんか、帰れるっぽいな……全体的に、なんのこっちゃ、さっぱりわからんけど……まあ、いいや。ピンチは去って、強力な味方を得た。その情報だけ処理できれば、今のところは充分……というわけで、とりあえず――」


 そこで、ピーツは、携帯ドラゴンの頭の首裏を掴み、自分の頭部に乗せて、


「これからよろしくな」

「きゅい」


 嬉しそうに返事をする携帯ドラゴンを頭に乗せたまま、

 ピーツは光の道を進んだ。



 ★



 扉の外に出ると、

 そこでは、まだ、暗号解除の方法を熱心に探しているボーレがいた。

 一心不乱に壁をなぞったり、床を踏みしめたりしている。


「集中力はすごいな……その全部を勉強に使っていれば……」


 呟きながら、

 ピーツは、

 ボーレの肩をたたいて、


「ん、どうした、後輩? 何か見つかったか?」


「疲れたから、俺、もう帰る」


「あん……なにを軟弱な……まだ探索開始から一時間も経っていないぞ。せめて、あと五時間は暗号解析に使うべきだと――」


「勝手にやってくれ。俺は帰る。マジで疲れた」


「根性なしめ……」


「あぁん? 『根性しかない』と言われた事がある俺様を相手に、なんと失礼な」


 不満そうな顔を浮かべてから、

 ピーツは、ボーレに言う。


「ところで、先輩。これ、見えるか?」


 そう言って、自分の頭の上に乗っている携帯ドラゴンを指さすピーツ。


「これ? ん? 髪の毛ならちゃんとあるぞ、心配するな」


「誰も薄毛の心配はしてねぇ」


 と、一旦、言葉を置いてから、


「……ふむ」


 と、呟いて、

 心の中で、携帯ドラゴンに、一瞬だけステルスを解除するように指示を出す。


 すると、ボーレが、


「ん?」


 一瞬だけ姿を見せた携帯ドラゴンを視認して、


「……今、何か……」


 だが、すぐに姿を消したので、


「きのせいか……? 妙にでかくて丸っこいトカゲみたいなのが、一瞬、見えたような……」


 目をコシコシしながらそう言うボーレに、

 ピーツは、フラットな顔で、シレっと、


「きのせいだ。どうやら、俺だけじゃなく、先輩も相当疲れている様子。今日は帰って休んだ方がいいんじゃないか?」


「んー、そうした方がいいのは分かっているんだが……今は、こうして、現実から全力で逃避していたい……明日の事は考えたくない。今日と言う日が永遠に続いてほしい」


「……『明日に怯える日』が永遠に続く事を望むとは……特殊なマゾだな」


「ああ、明日が恐い……寝ている間に、明日の『龍試』が終わっていて、なんだか良く分からないけど、合格していました………という展開になればいいのに」


「そんな都合のいい展開が起きてたまるか……って、ん? 龍試って明日あるのか?」


「そうですが、なにか?」


「……ボーレ先輩……あんた、試験の前日にも関わらず、先の見えない暗号解読を、ここから五時間かけてやるつもりだったのか?」


「なにを当たり前のことを」


「……い、イカれてやがる……圧倒的キチ○イ……」




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