さあ、俺の罪を数えようか
さあ、俺の罪を数えようか
「弱者が生きていける世界じゃねぇんだよ、ここは。こんな世界に生まれてきた、てめぇの不運を嘆くヒマがあるなら、さっさと死ね。苦しむ前に死ね。その方が……苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、それから死ぬより、なんぼか合理的だろうが。なんで、それがわからねぇ。どいつもこいつもぉ……」
心が苦しくなるような、鈍い痛みを含む声。
絞り出したような、勇者の発言を聞いて、
汚いスラムのガキは、口をぱくぱくとさせて、
「……も、もし……かして……」
さぐり、さぐり、
壊れてしまわぬように、
「あな……たは……」
おそるおそる、
「優しい……ひと……?」
声が耳に触れた途端、
勇者の顔が青筋で覆い尽くされる。
「ヘドすら出ねぇ……あまりの怒りで全身が千切れそうだ」
体の震えがとまらない。
サブイボがとまらない。
怖気すら感じる不快感。
「俺が、この手で殺してきた弱者の数を……ここで、数えてやろうか? 何日かかるかわからねぇから、覚悟しろよ?」
「くるしめてきたのは……?」
「あん?」
「……おねえちゃん、お金をとりたてにくる人に……いっつも、いためつけられて……くるしめられてきたの……」
「だから、なんだ?」
「あなたが……くるしめてきたひとは……なんにん?」
「……」
そこで、勇者はニタァっと笑う。
「数えたらキリがねぇぞ。覚えているだけで、1000は超えている」
悪意を数える。
「キ○タマをすりつぶしてやったことがある。いい声で泣いていたぜ」
己の悪辣さを語る。
「ヨメの指を一本ずつ切って、ダンナに食わせてやったこともある。最高のショーだった」
積み重ねてきた業を並べる。
「そうそう、最高だったのは、アレだ。右腕を固定して、左腕を引っ張るんだ。ギチギチ、ギチギチと愉快な音がしてなぁ、最後はブチっと千切れる。見ものだったぜ」
「それは」
「おう。なんだ? どんな言葉で俺を非難する? 生半可じゃ、俺には届かねぇぜ」
「……どういうひとたちに、やったの?」
百人以上を犯して殺した連続強姦魔。
貧民のガキを攫ってきてオモチャにしていた貴族の夫婦。
立場を振りかざして、領民を散々いたぶっていたクソ領主。
それ以上の事をやっていた連中のことは、
記憶に残しておくのが、ほんのちょいと、軽くチョビっとだけ、タルかったから、
――爪をはがして、忘れてやったよ。
アリア・ギアスってのは、便利だね。
――別に、だからなんだって話だろ?
まさか、だからって、俺を善人扱いするわけじゃねぇよな?
ありえねぇよな?
ムカつくやつに悪人が多い。
そんなもん、ただの当り前だろうが。
王族だったら、偉そうな貴族にムカつかねぇとでも?
そいつは、いったい、どんな勘違いだ?
俺は、別に、青が赤に見えているわけじゃねぇぜ?
「ムカつくやつは、簡単に殺したくなかった。それだけの話だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」
「わたしのこと……」
「あぁ?」
「ムカついていたでしょ」
「……」
「なんで……何もせずに……殺そうとしたの?」
勇者は、歯噛みした。
気分が悪い。
心底から思う。
なんで、俺は、こいつを殺しちゃいけねぇんだ。
――こういうヤツをこそ、俺は殺さないといけないのに――
「……答える義理がねぇ」
そう答えるのが、精一杯だった。
※
たとえば、の話をしよう。
あくまでも、『たとえば』の話だが、
優し過ぎる人間がいたとしよう。
あまりにも優しすぎて、心が壊れている人。
何度も言うが、あくまでも、たとえば、だ。
特定の誰かについて語っているわけじゃない。
たとえば、
その手で救える数は限られていると理解できるだけの頭があって、
どれだけ頑張っても、この世界は穢れた罪の上に成り立つ楼閣でしかないという、
その事実が、『本当の意味』で理解ができてしまうほどの頭があって、
けれど、現実という理不尽の重さに耐えられるほど『強く』はなくて、
その上で、
こんな、世界中のいたる所で不幸が蔓延しているような、
あまりにも救われない世界に生まれてきた、あんまりにも優し過ぎる者は、
常軌を逸して『心』が優し過ぎるあまり、ズタボロに壊れてしまった人は、
いったい、どうなるのだろう?
何を思い、何をするのだろう。
――これ以上、苦しむ前に、
――せめて、苦しませずに……
あくまでも、
たとえば、の話だ。
特定の誰かの話はしていない。
(このガキを、さっさと、どうにかしねぇと……このままじゃあ、俺が壊れちまいそうだ。だが、どうやって……ん、いや、待てよ。案外、簡単な話なんじゃねぇか?)
勇者は、自分の呪いについての詳細を思い返す。
(なにも、こいつを殺すのが、俺である必要はねぇ)
死んでくれればそれでいい。
その原因が勇者でなければなけない理由は一つもない。
(……テキトーなダレかに、こいつを殺させればいい。奴隷は、基本、主人が死ねば解放される。そこらのドレイの場合、主人の死は、ただ一時的に苦痛から逃げられるというだけで、本質は何も変わねぇわけだが、しかし俺の場合は例外。実質的に解放されて、正しく気高い、孤高の俺に戻る)
勇者は笑う。
一気に、気が楽になった。
閉塞的な状況は突破した。
一つでも、突破口を見つければ、心はグっと軽くなる。
(よし、となれば、さっさと、誰かに、このカスを殺してもらおう。そして、その後は、慎重に行動する。二度と、同じ過ちはおかさねぇ)
問題は解決。
正直、魔人化に関してはどうでもいい。
確かに、人間の国家で『魔人』として生きていくのは、大きなハンデとなるだろう。
しかし、それは弱者の話。
どうやら、『力』は変わっていないようだから、特に大きな問題はない。
所詮、この世は力が全て。
今、魔王国が、サミットなどで、妙にデカいツラをしているのは、大帝国を滅ぼし、『強大な力を有する国である』と世界中に示したから。
どのような状況であれ、力さえあれば、乗り越えることができる。
そして、勇者は、その『力を持つ者』の中で頂点に立つバケモノ。
勇者は強い。
勇者は、世界最強の超人。
つまり、何も問題はない。
確かに、色々と鬱陶しい――が、それだけの話。
我慢できるさ。
そのくらいのハンデなら。
『自由に殺せない』ってのも、確かに面倒だが、んなもん、我慢できないほどじゃねぇ。
なんせ、このクソみたいな状況が死ぬまで続く、ってわけじゃねぇからなぁ。
(呪いなんざ、かけてきた相手を殺せば解ける。つまり、当初の予定であるカースソルジャーの撃滅を果たせば、それだけで、なにもかも、まるっと全部解決ってわけだ。これから先、数年、ちぃと窮屈な人生になるが、所詮は、それだけの話。国を離れ、俺クラスしか話にならないダンジョンや遺跡を巡っていれば、誰とも会わずに数年過ごすのなんざ余裕。ぁあ……何も問題はない)
勇者は状況を整理しおえると、
(……さて、近くに、手ごろなゴミはいねぇかな?)
ここはスラム。
クソは、頻繁に掃いて捨てなければいけないほどいる。
(――おっ?)
ちょうどいいカスを求めて、周囲を見渡した、まさにその時、
「おいおい、セイラ……感心したぞ。お前の逃げ足。正直、驚いたぜ」
いかにもな子分を一人だけ引き連れている、屈強なコワモテが現れた。
その二人を見て、勇者は歓喜する。
(パーフェクツッ! さすが、俺、選ばれているぜ、何かもかもからなぁ)
「ところで、セイラ。そこにいるのは誰だ? まさか、用心棒でも雇ったか? んー?」
見た目だけは屈強そうなバカがそう言うと、その子分が、後ろから、
「アニキ、あの妙な肌のやつ、もしかして亜人ですか?」
「ばぁか、ありゃ魔人だ。亜人が進化したもんだ」
「おぉ、さすが、アニキ。博識ですねぇ」
「一般常識だ、バカ野郎。お前はさすがに無知すぎる。もう少し勉強しやがれ」
「いや、はは……どうも、昔から、そういうのは苦手で……」
「言っておくが、本気で言っているんだ。アホだ、アホだとは思っていたが、まさか、自分が住んでいる国の首都すら知らんとは思わなかった。……一応聞いておこうか。さすがに、それはありえないと思うが、ゲイド、お前、この国の王の名前をフルネームで言えるか? ……おい、なぜ目をそらす」
フっと、明後日の方を向いた子分『ゲイド』の、ありえないほどカラッポな脳ミソに呆れてから、
「で、セイラ。その魔人はなんだ? まさか、本当に用心棒を雇ったなんてことはねぇよなぁ? もし、そんな金を隠していたとしたら――」
「おいおい、ぉぉい、そこのカス。クソほどの価値もねぇお喋りはそこまでだ。それ以上は一言もしゃべるな。臭くて仕方ねぇんだよ」
勇者は、心底からウザったそうに、小指で耳の穴をほじりながら、
「俺とこいつは、なんの関係もねぇ。というわけで、好きに殺せ。可及的速やかに、な」
「なんだ、てめぇ、モンスターの分際で、人間様の国で、偉そうにしやがって……アニキ、あいつ、どうしてやります? なんなら、俺が、『この相棒』で、あの口が悪いモンスターに、自分の立場ってヤツを教えてやりましょうか?」
ナイフを取りだして、刃をペロリとなめるゲイド。
そんなゲイドの短絡的な態度を見て、勇者はしみじみ思う。
(ありがてぇ……おだやかな対応しかしていない、優しい、優しい、今の俺へ、さっそく純粋な悪意を向けてくれるとは。くく、生まれて初めてだぜ。この手の連中が、この世に存在してくれていて良かったと思ったのは。……さぁ、さっさとかかってこい。腕と足を一本ずつなくしても、ガキの一匹くらい殺せるだろ。それでも、まだ従わねぇようなら、歯を一本ずつ抜いてやる)
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